たかだか100年、続けるために

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2010 [2010年12月23日 23時00分]
コーヒー関連では悪書駄本が氾濫した2010年も嘆息して暮れようところに、感興をそそられ、まさに一陽来復を思わせる歳暮の新刊が私の手元に届いた。
  カフェ100年
 
『カフェを100年、続けるために』 (田口護:著/旭屋出版:刊)
 
月刊誌『カフェ&レストラン』連載記事を加筆・修正してまとめられた本書であるが、連載時の「素晴らしき哉、カフェ経営」では無く、「カフェを100年、続けるために」と題したのは何故なのだろうか? 放逸な想念が浮かんでくる。
 
 
【「100分の40」では無い…と読む】
 
自家焙煎珈琲屋バッハ(カフェ・バッハ)の歩みは、1968(昭和43)年に既存の大衆食堂「下総屋」を喫茶店に業態変更した「SHIMOFUSAYA」を創始とする。その3年後に文子夫人と結婚して喫茶業界に登場した著者・田口護氏からみれば、「私がカフェ・バッハを始めて、40年がたちました」(本書プロローグ)となるのだ。それだからといって本書が、業界で先乗りした関口一郎氏の『銀座で珈琲50年』(いなほ書房:刊/2000年)に張り合って「山谷で珈琲40年」を記しているのか?と観れば、それは否である(タイトル付けに関口本を意識した可能性はあるが:笑)。
 
1979年刊の『コーヒー実用ハンドブック』(柴田書店:刊)で執筆者に起用された田口護氏の稿「自家焙煎への道」、ここで語られる視点と骨子は本書の部分と変らない。つまり本書は、山谷で「珈琲40年」の歩みを背後に顧みて「カフェを100年、続け」たいと言っている回顧本でもなければ、老耄した繰言でもない、(畏るべきことに)氏は自らのカフェ始原より既に「カフェを100年、続ける」つもりだった…と読む。
 
 
【「バッハを100年」では無い…と読む】
 
本書では「カフェ・バッハと共に歩む仲間たち」と称していわゆるバッハグループの店が紹介されている。それをして「カフェ・バッハを100年、続けるために」とは題していないのか?「グループ店を(増やしながら)100年、続けるために」記されたのか?と観れば、それは否である(グループ宣伝を意識した可能性はあるが:笑)。
 
本書で紹介されている豊島区生活産業プラザにある「カフェふれあい」とは別に、カフェ・バッハが地元の台東区で支援してきた「Cafe香逢(シャンホウ)」という障害者が運営する店がある(台東区生涯学習センター内)。香逢のブログ記事曰く、
 《三周年目に、バッハの皆さんに祝っていただきました。その時にマスター
  からいただいた言葉が「自分達のお店を過少評価してはいけない。これ
  からさきバッハは無くなっても、君達のお店は残らなくてはいけない。」》
つまり本書は、「山谷で」珈琲40年の歩みを周囲に喧伝し「バッハを100年、続け」たいと言っている野望本でもなければ、下世話な顕示でもない、(畏るべきことに)氏は自らの存亡のみに固執せず「カフェを100年、続ける」つもりである…と読む。
 
 
【たかだか100年、続けるために…と読む】
 
《エドショーのコーヒー、いやそれ以上のコーヒーを自分で作ってみたい……私のすべての出発点はここにあった》(田口護『田口護の珈琲大全』 NHK出版:刊)。1924年にドイツのブレーメンでEduard Schopfが創業したその‘Eduscho’も、同国の後発大手‘Tchibo’(チボー:1949年創業)に1997年に吸収合併され、そのコーヒーも業態も100年は継続されていないという悲愴にして皮相な存在だ。
 
「バッハがめざすのは、たとえばフランスはパリのサンジェルマン・デ・プレにある、あの有名な『カフェ・ドゥ・マゴ』のような店だ」(嶋中労『コーヒーに憑かれた男たち』 中央公論新社:刊)。嶋中氏が触れた‘Les Deux Magots’は1812年に絹織物を商う店として誕生、現在の地にカフェとして開業したのは1885年、経営者の異動を別とすればカフェ形態の歴史は120年余続いている。同じくパリには‘Le Procope’(ル・プロコープ:1686年創業)もあるが既にカフェとは呼べない業態となっていて、カフェとして開業した経営が受け継がれた店は少ない。他にもイタリアの老舗カフェに目を移せば、ヴェネチアの‘Caffè Florian’(カッフェ・フローリアン:1720年創業)やローマの‘Antico Caffè Greco’(アンティコ・カッフェ・グレコ:1760年創業)など250年以上の歴史を持つ店も現存する(正真のカフェなのか?は課題であるが…)。
 
汎世界的に観ても「カフェを100年、続ける」ことは容易ではないのかもしれないが、こと日本国内においては「カフェー」始原の明治末期から約100年しか経ておらず、歴史的にみて「カフェを100年、続ける」機会は未来にしか存在しないのである。そして田口護氏は、本書において「人と人との豊かな関わり」をもたらす「カフェを『たかだか』100年、続けるために」読みとるべき糸口を示したかった…と読む。
 
私の想念が正鵠を射ているとは限らない、正無事(まさなごと)であれば容赦されよ。但し、自家焙煎珈琲屋バッハのコーヒーを知るに必読の書であることに疑いは無い。

 
 (※本書の内容に関しては、Tambe氏のブログ記事も参考にされたい)
 
コメント (3) /  トラックバック (0)
編集

尻が割れたコーヒー

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2010 [2010年12月10日 05時30分]
コーヒーに関連する、それも尻毛を抜かれ尻が割れた騒動が報じられた。
 
2010年12月3日の逮捕事案に関するマスコミ報道をまとめると…
 
 千葉県警察本部生活安全部環境犯罪課は、医師の資格がないのにコーヒー
 浣腸で腸内洗浄を行ったとして、医師法違反(無資格医業)の疑いで、千葉県
 山武市の整体院「代替医学総合研究所」松尾本店(昨年閉鎖)経営者:菱木
 近義(55歳)と店長:伊佐玲子(55歳)と従業員:片岡道孝(34歳)の3被疑者
 を逮捕し、同日、千葉地方検察庁に送検した。菱木被疑者らは「悪い物が出て
 体がきれいになる」、「がんや糖尿病に効果がある」などとうたい、2009年4月
 23日~8月27日の間、当時中学1年の女子生徒(14歳)と78歳の女性に
 対し、計3回浣腸器具を使って肛門からコーヒーを注入して無資格で腸内洗浄
 を実施した容疑で逮捕された。
 
上記事案に関しては、「無資格で腸内洗浄を行うと、感染症や腸管破裂などで死亡するケースもあり、非常に危険な行為」という千葉県警のコメント(千葉日報)や、「慢性便秘などに効果はあるかもしれないが、がんなどの難病が治るというのは考えられない。管を入れるなどすることで腸内を傷つける危険性もあるので、注意が必要」という工藤進英氏(昭和大横浜市北部病院副院長)のコメント(読売新聞)など、逮捕容疑が無資格医業であることに加えて、コーヒーエネマの危険性を付記した報道もみられる。有効性や必用性が疑わしい行為への警告としては正言。
 
他方では、「無資格医師、中1女子にコーヒー浣腸」(サンケイスポーツ)などの記事タイトル、或いは患者を「女子中学生ら2名」と紹介する記事はあっても「78歳の老女ら2名」とした報道は絶無であること、明らかに読者の劣情や色欲を前提としたマスコミの卑しくも嫌らしい体質が見事に露呈されている報道、大変興味深い。私自身は過去自らのブログ記事で茶化している通り、排泄関連のシモネタに寛容。しかし、コーヒーエネマの流行に代表される劇場型といわれる社会風潮の一端は、下卑低俗なマスコミの報道姿勢が誘起している事態、無自覚ぶりは下劣である。コーヒーエネマで腸内洗浄の事案をコーヒーエネマで脳内煽情、尻がこそばゆい。
 
 coffee enemas 0  coffee enemas
逮捕騒動とは離れたコーヒーエネマの話題であるが、原料コーヒーに「有機JAS認証最高級オーガニック」の冠に加えて「音楽が発する高級波動がコーヒー豆に浸透しより質の高いものとなる」(?)目的でTulha(トゥーリャ:貯蔵乾燥庫)でクラシック音楽を聴かせているコーヒーまであるというのだからか、良質どころかタチが悪い。もっとも、この農家もエネマ用に専門栽培しているつもりはないのであろうが…音楽を聴かせたコーヒーで浣腸しても排泄時にバッハやモーツァルトを奏でる尻は無いだろう。ウンコ臭い話だから胡散臭いのか? 腑に落ちないから腸内洗浄なのか?
 
  (※コーヒー浣腸の歴史に関しては、Tambe氏の論考を参考にされたい) 
コメント (2) /  トラックバック (0)
編集

意表くさぐさJCS集会・後編

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2010 [2010年11月30日 05時00分]
2010年11月28日
  
【学会への長い道(3)~畏標かたがた】
 
南千住駅から歩くと、東京スカイツリーが告知通り正対するが想いの外視野に大きい。珈琲屋バッハでドンパチ農園(パナマ)を飲む、ゲイシャ種特有の酸味が太く強いなぁ。挨拶を受けた後にママ(田口文子氏)から衝撃(?)の報…本日学会に山内秀文氏は欠席! マスター(田口護氏)とバッハのセミナー会場へと向かい、受講者4名に紹介され、結局プロ用セミナーで畏友・田口護氏を標(しるべ)に放談する私、畏標を意表に遊んだ。
 
【学会への長い道(4)~意表くさぐさ】
 
「日本コーヒー文化学会(JCS) 第17回年次集会」 (於:学士会館)
 
集会は講演2題とDVD鑑賞、その後に分科会だが焙煎抽出委員会は中止だろうなぁ。受付で楠正暢事務局長から「チョット話が…山内さんも中川さんも欠席…知ってる?…で焙煎抽出の分科会は中止…なのだけれど、中止を止めて急でやってもらえない?」焙煎抽出委員会の代役進行の緊急依頼、無定見で勝手でよければと了承し集会に参加。
 
 JCS2010年次集会 (7) JCS2010年次集会 (8) JCS2010年次集会 (9)
講演Ⅰ 「可否茶館、カフェ・パウリスタ、カフェ・プランタン
    ~その事跡探究と歴史的意義~」 柄沢和雄
DVD鑑賞 NHK 「極める! 石井正則の珈琲学」より
講演Ⅱ 「コーヒー栽培の科学と化学」 山口カルロス彰男
 
柄沢氏講演に評すべき内容はそもそも無い、独特の声色と話運びに風韻ある「柄沢節」、これを久方ぶりに拝聴し、加わる枯淡な味わいに喝采と憂慮を感じた期待通りの演芸。但し、実質はJCSから離れていた柄沢氏が今般登壇した本意を私には看破できない。
 
25分4回分の番組を15分に圧縮編集した大胆さにだけ「極める!」感を覚えつつ、出演している重鎮理事の大半が欠席しているJCSの倦怠ぶりが露呈したDVD鑑賞?
 
山口氏講演に評すべき内容はそもそも無い、講師に罪はないが今回もネタ使い回しだ。無施肥無農薬をイタズラに盲信する者に正しく趣意が届いたかは不明で哀切を感じた。聞き手(?)圓尾修三氏の独擅解説で時イッパイ、質疑無く閉められ私の疑問は未解消(セラード珈琲の樹上完熟乾燥に、栽培の品種・地勢などの連関実態を質したかった)。
 
講演前後で「焙煎抽出委員会は予定の内容中止、他の委員会へ振り替え自由」と重ねて会場広報され、講演集会の流れ解散後に分科会へ。ゲゲッ! 予定通りの人員が着席! 本来予定の内容が「コーヒー、深煎りについて考える」という表題しかわからないので、その題を借りた即興談話を私から切り出し、その後テーマも自由の論議として進める。
 
[談話要旨:コーヒー焙煎度の潮流は抽出法に規定されたか?]
サードウェイブに代表されるスペシャルティコーヒーの隆盛が、アメリカ市場を主に再び浅煎り潮流を生んでいる。大掴みにはスターバックスに代表されるエスプレッソ(=深煎り?)潮流からの脱却と言われるが、果たしてその捉え方で良いのだろうか? 古くターキッシュ系統の抽出に目を移しても、今でも一部のエジプシャンコーヒーが極浅煎り豆を使用していることからも、必ずしも抽出法と焙煎度合は一対ではない。いわゆるイタリアンロースト(極深煎り)がエスプレッソ抽出と結びついた背景には、20世紀初頭前後の「耐病品種ロブスタの発見と伝播」が大きく影響している、と思う。ロブスタ種を使わざるをえないイタリアの社会事情が、イタリアンローストという深煎りと、エスプレッソという抽出法とを強固に結びつけたのであり、自由選択の中で感性によって焙煎度の潮流が生み出されてきたと考えるのは、浪漫的だが浅薄。イタリアンローストも、その後のアラビカ種志向によって徐々に焙煎度が浅くなり、本場イタリアの豆も「イメージほど深くない」と日本で言われる風潮に変化してきた。このように、我々が身近に置いて考える様々な焙煎度や抽出法は、長いコーヒーの歴史の中でも、実質はたかだか約100年余の中で確立してきている途上であり、「どの焙煎度が良いのか」というコーヒー焙煎度の潮流は、単なる抽出理論などよりも意外と時々の経済事情や市場動向に影響されていることを無視できない実態がある。
 
自由論議では、「深煎り好きは深煎りの何が良いのか?」、「深煎り独特の苦甘さの正体は?」、「焙煎中の煙は香味に影響するか?」など多種多様な質疑が出されたが、大坊勝次氏も岡希太郎氏も談論の輪に抱えたまま進行するのは、結構難しいなぁ(笑)。
 
 JCS2010年次集会 (10) JCS2010年次集会 (11)
今般私の2日間は確かに「意表」の連続ではあったが、最も楽しみにしていたテーマをJCS分科会で「聴く」ハズが自ら「話す」に変ったトドメの一撃は、厳しく面白い(?)体験。これは「意表」なのか「偶有」なのかもわからないな、土産を食べつつそう考えていた。
 
コメント (8) /  トラックバック (0)
編集

意表くさぐさJCS集会・前編

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2010 [2010年11月29日 23時00分]
2010年11月27日
  
【学会への長い道(1)~異漂かたがた】
 JCS2010年次集会 JCS2010年次集会 (1) FOODin風土
品川駅のセガフレード・ザネッティに寄り(コレットにしたいが我慢したて)メッツォメッツォでカプレーゼのパニーニを胃に流し込み、さくら坂を足早にガンガン歩き上って会場へ。「大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所 農業が環境を破壊するとき-ユーラシア農耕史と環境プロジェクト」と「財団法人味の素食の文化センター」との共催、国立科学博物館企画展「あしたのごはんのために-田んぼからみえる遺伝的多様性-」関連催事の公開シンポジウムに参加。私の目的は「コーヒーを語るに他の栽培食物を学べ」。
 
「FOOD in 風土 米と魚vs麦と乳(ミルク)」 (於:味の素グループ高輪研修センター)
 
基調講演(第一部)は、「嗜好品文化研究会」代表幹事でコーヒーの研究者・業界人とも親交の深い高田公理氏の話。今般テーマに沿って、和辻「風土論」を粗雑と否定し梅棹「文明生態史観」を土台に食品の東西比較を無難に語られた。久しぶりの「高田節」拝聴。
 JCS2010年次集会 (3) JCS2010年次集会 (2)
館内食文化展示室企画展示の「錦絵に見るパロディーと食」を楽しみながらの休憩後、「麦と乳-西の風土にみる牧畜と食文化」パネルディスカッション(第二部)は、辻本壽氏(植物遺伝学:コムギ)・小長谷有紀氏(文化地理学:乳製品)・山本紀夫氏(民族植物学:ジャガイモ)・飯野久和氏(応用微生物学:醗酵食品)パネリスト4名に佐藤洋一郎氏(地球研Pjリーダー)コーディネーターという構成。辻本氏の「1人当りの穀物供給量は2010年で最大値、世界人口の増加が穀物生産の増加を上回り今後は減っていく」という発言は、本筋からは離れるが世界の「コーヒー栽培」動向に影響ある話題として考えさせられる。山本氏の「アイルランドを中心にヨーロッパを震撼させたジャガイモ飢饉(1845-1849年)は単一品種Lamper栽培が原因であった」という発言は、本筋からは離れるが世界のコーヒー栽培品種に関して商業的付加価値よりも遺伝的多様性による生産安定化に目を向け直す話題として考えさせる。異なる分野の学究を覗き見て漂う遊びも、捉えようでは有益であろう、と異漂の意表に遊んだ。
 
【余考】「ジャガイモとコーヒー」
ヨーロッパに伝播したジャガイモを追いかける様に新大陸から伝来したジャガイモ疫病菌(Phytophthora infestans)は、大飢饉を要因とするヨーロッパ各国の経済の混乱を招いた。大飢饉中の1847年、コーヒー消費需要の急減によりコーヒー相場は急落、この為に各植民地でのコーヒー栽培が荒廃に瀕している。その後、栽培放棄や反動的な増産で安定的な調整がとれないコーヒー栽培地を、その原産大陸から追いかける様にコーヒーさび病菌(Hemileia vastatrix)が伝来し壊滅的打撃を与えていったのである。共に世界的な栽培拡大が、追いかけてきた伝染病大流行で大きな危機に瀕した19世紀後半のジャガイモとコーヒー、前者が後者の壊滅に拍車をかけたという相関は何とも皮肉な構図である。また、Harry Marshall Ward(ハリー・マーシャル・ウォード)は、先進の植物疫病学者Heinrich Anton de Bary(ハインリヒ・アントン・ド・バリー)に学んでいる。アントン・ド・バリーはジャガイモ疫病菌を、マーシャル・ウォードはコーヒーさび病菌を特定したのだが、各々の伝染病の原因を突き止め、モノカルチャー栽培の回避を唱えたにも関わらず、周囲の理解無く対策が遅れる状況を師弟共に味わう。植物伝染病の経済背景と病害研究、そのいずれもに深く悲劇的な相関がある19世紀後半のジャガイモ栽培とコーヒー栽培、残念ながらこうした視点での論考は少ない。
 
【学会への長い道(2)~胃評かたがた】
 JCS2010年次集会 (4) JCS2010年次集会 (5) JCS2010年次集会 (6)
シンポジウム後に表参道へ向い、大坊珈琲店で一服した後、徒歩2分で日本国内2号店となるCACAO SAMPAKA(カカオサンパカ)南青山店(開店当日)へ。店ガラガラで大丈夫か? Xocolate Espeso Caliente(ショコラ・ショー)のコルテス80%を飲んでみる…カイエンペッパーとオールスパイスも入った味は悪くはないが、攪拌作り置きのタイプだからかカカオ本来の香りが期待ほど出ていない。Rajoles(板チョコ)のパプアニューギニア71%の品種を訊ねると味の特徴を、ベネズエラ71%の産地詳細を訊ねても味の特徴を答え、暖房の効いた環境に滞在する予定を告げたが「大丈夫」一点張りで購入を勧める店員。品種・産地・保存に説明ができない? サンパカならぬ3馬鹿に落胆苦笑で店を出た。
 
その後、妹夫婦と一慶隠蔵(上野店)で合流し会談夕食。私にとっては珍しい九州料理と焼酎を味わう。どれもマズマズだが、鹿児島芋焼酎「薩摩おごじょ」(鹿児島・山元酒造)はしっかりと味がある上にフルーティでウマイ(もっとも義弟がオーダーしたモノだが)!
 
会食を終えて独りホテルの部屋で酔いを醒ましていると、義弟調達土産のむぎわらぼうしのサンドイッチをどうしても食べたくなり、一口かぶりつく…ウ、ウマイ! パンが旨い、ハムが旨い、全部旨い…完食。期待外れも期待通りも、勝手な胃評の意表に遊んだ。
 
 (後編に続く)
 
コメント (0) /  トラックバック (0)
編集

プアオーバーなコーヒー

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2010 [2010年11月20日 23時00分]
休日の昼下がり、3杯目のコーヒーを喫しながら買い置いてある雑誌のページを捲る。『Casa BRUTUS(カーサ ブルータス)』No.129 2010年12月号(マガジンハウス:刊)だ。「新世代のコーヒー&ベーカリー」特集で繰り返し喧伝されるコーヒー関連のフレーズ、「第3世代」コーヒー(‘Third Wave’Coffee)に胸中で途方もない違和感が膨らんでくる。
  大惨世代コーヒー1
  
「サードウェイブ・コーヒーってなに?」(p.36)の文言通り疑問に思えば、大手メーカーが低廉なコーヒーの大量消費を築いた第1波(19世紀後半~1960年代初頭)、香味・品質を重視した業者とスペシャルティが拡大した第2波(1960年代初頭~1990年代)、に続く、大企業化したシアトル系コーヒーと異なる業態が現れる第3波(1990年代~現在)、という区分の趣旨で説明されている。つまり、USAにおけるコーヒー史の切れ端を量と質の交替劇で読み解いてみよう、という時間も空間も極めて限定された区分論だ。
 
「サードウェイブの4か条」(p.37)に沿って新世代コーヒー(?)の定義付けをすると、
1.from SEED to CUP = トレーサビリティはスペシャルティのマニフェスト
2.風味のグローバルスタンダード = USAの団体基準が世界基準である
3.シングル・オリジンで楽しむ = ブレンドではなくストレートで飲む必然性
4.煎り方、淹れ方は、豆に聞け = エスプレッソ&深煎りを見直す抽出・焙煎度
が揃うべき条件である、という解説。不透明な流通で増量成分だらけのコーヒーを普及させておいて、エスプレッソまがいの飲料普及を自ら見直すに、特定の団体基準を世界だの国際だのグローバルだのと威丈高に叫ぶことが、「新世代」の定義らしい。
 
私に解説させれば、貿易財・消費財としてのウマミ追求で火をつけ(第1波)、反立の鎮火論で風を送って新たな火を起こし(第2波)、再否定の鎮火論で水ポンプが有効と唱える(第3波)、というマッチポンプな状況が「サードウェイブ・コーヒー」である。第2波の後段=ハワード・シュルツが主導を始めて以来の新たな出火(シアトル系の偽エスプレッソコーヒー伸張)に対して、再反立と揚棄を掲げようというのが第3波の趣意のようだが、第2波の前段=アルフレッド・ピートらが起こした風の向きがシアトル系で変ったからこその事態である。端的に言えば、シュルツが変転させたスターバックスが存在しないと仮定すれば、第2波と第3波とは区分の必要すらない連続的な動向となっていたハズである。すなわち「サードウェイブ」は、動向の区分自体もマッチポンプな解釈論であり、実は「新世代」はとうの昔に登場していたのだ。加え、「サードウェイブはエスプレッソよりドリップ(プアオーバー)が基本」(p.41)と念押しされても、元来‘Pour-Over brew method’主体の日本には無用の言である。
 
それにつけても、論や動向としての「サードウェイブ」は肯定も否定も自由であろうが、これを連声に「新世代のコーヒーブーム!」(表紙)として煽られると、諾諾として盲従するに違いない日本のコーヒー業界(の一部)を思うと、憂慮と煩悶を覚えてしまう。あまつさえ、ドリップ抽出を「プアオーバー」と称して、単に「逆輸入」状態を最先端の動向かのように飾って喧伝する俗物が顕現することも避けられないだろう、悲惨だ。USA「第3世代」の‘Pour-Over’(プアオーバー)はどうであれ、日本を含め他国のコーヒーが「大惨世代」の‘Poor-Over’(プアオーバー)になるのは願い下げである。そんな世迷言をつぶやきながら雑誌を閉じると、傍らのコーヒーもすっかり冷めて…
 
コメント (27) /  トラックバック (0)
編集

不信の奇態

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2010 [2010年11月18日 05時30分]
スターバックスと中国、浅からぬ因縁の両者が絡んだコーヒー記事を発見した。
 
 「スタバ、雲南にコーヒー栽培基地建設へ」
  スターバックスは12日、雲南省に世界で初めてのコーヒー栽培基地を
  建設すると発表した。このほか、コーヒー研究・発展センターやコーヒー
  栽培者支持センターなどを雲南省で運営するという。
  (SankeiBiz:2010年11月16日)
 
Starbucks Newsroom(2010年11月11日)の発表によれば、スターバックス社は
雲南農業科学アカデミー(YAAS)及び雲南省普洱(プーアル:旧思芽)市人民政府との
間でコーヒー栽培の大規模開発に関する覚書を交わした。開発センターや精製処理
施設を始め、世界初のベースファーム、コスタリカ・ルワンダに続くアジア初の
農民支援センターなどを開設する内容である。対して人民政府側は覚書に沿って
30億元(約370億円)を投資し、現在の3万8000トンのコーヒー生産量を
2020年までに20万トンに、栽培面積で2万6700haから10万haへと拡大予定。
 雲南スタバ
このスタバの動向は、中国国内の店舗網拡大は言うに及ばず、雲南省を主に
栽培生産も含めて中国国内に大規模投資を続けるネスレ社に対する対抗策で
あろう、と私は考えている。現にネスレ社も今後10年間で雲南エリアに対し
スタバと同規模の投資を計画発表していて、この2社の争いはついに巨大市場
の中国にまで波及して、本格的なコーヒー栽培開発競争を繰り広げることに…
 
他方、中国の雲南省は世界有数(エリア別では世界一)のタバコ生産地であり、
世界規模の禁煙嫌煙風潮をにらめば、基幹産業の転換策を模索せざるをえない。
加えて、ここ数年の雲南エリアでは大豪雨と大干ばつが繰り返す気候災害に
みまわれ、農事も含めた社会復興の資金源を海外に求める事態となっている。
 
今後の中国におけるコーヒー栽培開発に関して、私が注視したいのは栽培する
品種に関してである。中国へのコーヒー伝播の始原はともあれ、1910年代に
伝わったティピカやブルボンは、1950年代から60年代に雲南省保山市を
中心とした人民政府の栽培開発でも70年代以降は勢いを失い、生産量は現在
でも少ない。代わって1980年代後半に雲南熱帯農業科学研究所が再復興で
導入を図った栽培品種がカティモール(Catimor CIFC7963ほか)であり、加えて
1990年以降は同種Pシリーズをネスレ社が推奨したこと、1998年以降の
UNDP(国連開発計画)下でも収量優先の栽培施策が進められたこと、など
からカティモールは中国雲南エリアの主力栽培品種となった。2004年には
K7が導入されるなど多様な品種が海外から導入され続けてはいるが、安定
して香味評価の高い決定的な栽培品種は定まらないまま現在に至っている。
 Yunnan Coffee
スタバやネスレなどコーヒー大企業と中国人民政府とのコーヒー産業での
化かし合いに興味が無いとまでは言えないが、願わくば雲南コーヒーの栽培
収量よりも品質の安定向上に腐心してほしい、と思う私だ。もっとも、役者の
顔ぶれには「腐心の期待」よりも「不信の奇態」を感じてしまうことも否めない。
 
コメント (4) /  トラックバック (0)
編集

インド洋の涙

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2010 [2010年11月12日 05時00分]
「コーヒー畑が消えたその理由とは?」 「10年がかりで実現したフェアトレード」 「幻のコーヒーといわれたスリランカコーヒーが現代に甦った」 これらの惹句に乗って、セイロン島のコーヒーに関する本を読んでみたのだが…
 インド洋の涙? 
 
『コーヒーを通して見たフェアトレード ──スリランカ山岳地帯を行く』
 (清田和之:著/書肆侃侃房:刊)
 
 
【コーヒー畑が消えた理由?】
 
著者・清田和之氏は《広大なコーヒー農園が、あるときを境に紅茶の茶樹一色に塗り替えられたというのは、いかにも不自然だ》(本書p.54)と断じている。
  国土いっぱいにコーヒー農園が広がり、隆盛を極めていた一大貿易産業が、
  さび病ですべてなくなるものだろうか?もちろん一時的には栽培・収穫量は
  減るだろう。しかし、病害が去り、農園を立てなおせば数年後には復活する
  はずだ。かつてインドネシア(当時ジャワ)でも同じようにさび病が発生し、
  コーヒーが大打撃を受けたが、ジャワコーヒーは変わらず栽培を続けており、
  現在でも有名なコーヒー産地となっている。(本書p.54)
‘coffee leaf rust’(コーヒーさび病:CLR)の脅威を軽視し過ぎは明らかだ。ヨーロッパ各国の植民地獲得と共に伝播したコーヒーを追いかけて、19世紀終盤にさび病は世界各地のコーヒー栽培地を襲い壊滅させた。それ以降、世界のコーヒー栽培史は、さび病との戦いの歴史となった、といっても決して過言ではあるまい。ジャワコーヒーとてアラビカ種からロブスタ種へ転換をさせられた栽培史の断絶、《変わらず栽培を続けており》と復活可能の理由に挙げるとは度し難い錯誤である。
 
著者は、当時のセイロンにおいて(私の視座とは対照的に容易に復活可能な?)コーヒー栽培をやめて紅茶栽培へと切り替える大転換には《イギリスの政策意図がそこに浮かんできた》(本書P.55)との推論(?)を誇るべき新たな自説かのように述べている。しかし、重商主義の砂糖法・茶法の制定から約1世紀を経て、当時の大英帝国(イギリス第二帝国)は相対に自由貿易帝国主義を採っており、セイロンのみを捉えて政策的「大転換」というには無理がある、と私は考えている。現に、当時のイギリスでは耐さび病栽培品種の研究開発を先導し続け、また、支配下にあるインドと東アフリカではコーヒー栽培が続けられていたという事実は見逃せない。
 
セイロンからコーヒー畑が消えた理由(=紅茶への栽培転換)を具体的に考える際、James Taylor(ジェームス・テイラー:1835-1892:「セイロン紅茶の父」)とHarry Marshall Ward(ハリー・マーシャル・ウォード:1854-1906:「先見の植物疫病学者」)とに触れずして、大仰ではあるが底の浅い論には得心ゆかない。
 Jamestaylor.jpg  harry marshallward
 
 
【実現したフェアトレード?】
 
著者・清田和之氏は「特定非営利活動法人日本フェアトレード委員会」設立代表者であり、いわゆる認証型フェアトレードの動向に批判や疑義の目を向けている。
  ただ、FLOラベルのある商品を買えば、それで“フェアトレード”になる
  のだろうか。(本書p.121)
  ただ、懸念するのはフェアトレードがブランドになってしまい、運動の
  本質が広がらないのではないかということだ。(本書p.123)
認証型フェアトレードが変質して運動の課題や矛盾から逃避する姿勢に対して、糾弾し非難するに躊躇無い私としては、少なからず賛意を表明したいところだ。
 
しかし他方で非認証=提携型フェアトレード特有の不合理で粗雑な側面も見える。《ラベルのあるなしではない、直接交流・直接交渉こそが、私の思う“ほんとうのフェアトレード”だ》(本書p.126)とすれば、コーヒー栽培を通して実現するフェアトレードは著者自身らを除いて消費国側に運動の広がりは期待できない。《私たちが…空想的、欺瞞的に見えるのかもしれない》(本書p.146)というほどに卑下してもらう必要もないが、《フェアトレードをただの購買行動で終わらせてはいけない》(本書p.123)ならば一体何をするべきなのか、日本のコーヒー消費者に具体的な提言が無ければ、やはり実践家の自己満足にとどまる論となる。本書の出版も含めてキッカケ作りは良しとし、「実現した」というには誇大である。
 
 
【甦った幻のコーヒー?】
 
著者・清田和之氏がいう本来の「幻のスリランカコーヒー」とは、約140年前にさび病で死滅したはずの、いわば「クラシック・セイロン」を指すことは自明だ。しかし、スリランカ山岳地帯でアラビカコーヒー探しに奔走した一意は買えても、見出したアラビカ種をもって幻のコーヒー「発見」と称するのはいかがなものか? 現存するアラビカ種であれば何でも良いかのように解しえる著者の記述ぶりは、栽培品種の細分、栽培や精製の方法選択、マイクロクライメットやテロワールによる香味の特性など眼中には一切無いように窺える。単に昔の産地でコーヒー栽培という行為を現代に復興させることが目的であったならば、その結果をしてクラシック・セイロンが《甦った》と断定することに私は躊躇せざるをえない。
 ceylon-coffee.jpg
 
 
【セレンディピティ?】

コーヒーを通して見た「フェアトレード」が著者の活動や本書出版の主意であり、決して「コーヒー」主体の主張や報告では無いとするならば、私の指摘は無用の論であるのかもしれない。だが、清田氏があとがきで、セイロンの古称である「セレンディップ」を取り上げ、「探していたものとは別の価値あるものを発見する」意を自身の体験に照らしていることに倣い評せば、私にとっての本書は
‘serendipity’がほとんど発揮できない、精度を欠いたコーヒー本であった。「インド洋の涙」とも形容されるセイロン、その珈琲話に勝手な落胆の「涙」を流す。
 
コメント (6) /  トラックバック (0)
編集

kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

02 ≪│2017/03│≫ 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
Powered by / © Copyright 帰山人の珈琲漫考 all rights reserved. / Template by IkemenHaizin