美食の迷走

ジャンル:グルメ / テーマ:フレンチ / カテゴリ:食の記 [2017年04月21日 05時30分]
コーヒーを愛好し研究するに先覚たる山内秀文(やまうち ひでのり)さんより、氏が訳出した本の新訂版を恵送いただいた。『フランス料理の歴史』(ジャン=ピエール・プーラン エドモン・ネランク:共著/山内秀文:訳・解説/角川ソフィア文庫 KADOKAWA:刊 2017年3月)である。原著の“Histoire de la cuisine et des cuisiniers:Techniques culinaires et pratiques de table, en France, du Moyen-Age à nos jours”(Jean-Pierre Poulain, Edmond Neirinck)は、その1988年初版が『よくわかるフランス料理の歴史』(大阪あべの辻調理師専門学校:監訳 藤井達巳・藤原節/同朋舎出版:刊 1994年)として、2004年第5版が『プロのためのフランス料理の歴史 時代を変えたスーパーシェフと食通の系譜』(辻調理師専門学校 山内秀文:訳/学習研究社:刊 2005年)として、日本語の訳本が刊行されていた。今般に文庫化された新刊は、2005年の訳本を加筆修正、これに訳者自らの補記を加えたものである。
 美食の迷走 (1)
 
 《…この本の最大の特徴、それは終始グランド・キュイジーヌ、オート・キュ
  イジーヌと呼ばれる最高料理の流れに焦点をあてて、フランス料理の
  歴史をたどっているということだ。(略) アナル派の歴史観が台頭して
  からは、大衆的な料理、日常食と高級料理を等価に扱う歴史書が多い。
  もちろんこうした歴史の捉え方も重要だが、ただフランス料理が普遍的
  な料理として世界に君臨している理由を考慮すれば、高級料理に焦点
  をあてた料理史は、ある意味で本道といえるし、日本のプロの料理人、
  料理の愛好家にとっては納得しやすく、かつ実用的なフランス料理史と
  いえよう。》 (山内秀文 「はじめに」/『フランス料理の歴史』 pp.13-14)
 
まず、私なりの半解を述べよう。オート・キュイジーヌ(haute cuisine:高級料理)の歴史書と聞いて気後れする向きもあろうが、本書『フランス料理の歴史』に臆したり怯んだりしてはつまらない。少なくとも、「オレはナイフとフォークの上品ぶった店では食った気がしない、赤提灯で焼き鳥の方がずっと美味い」などと、僻み根性丸出しの経験則で本書を遠ざけて欲しくない。アナール学派の歴史観の良し悪しは別としても、民衆史とか生活史とか民俗学とか名乗るものの中には‘心性’や‘意識’をむやみやたらに反権力や下層擁護へ結びつける愚論や暴論も多い。だが、私に言わせれば、オート・キュイジーヌの歴史は大衆料理の歴史を追うよりも余程にわかりやすい。オート・キュイジーヌの形成と展開は、その変遷が継承であれ反発であれ、概ねでは体系化や合理化への方向性が明瞭である。それが、《フランス料理が普遍的な料理として世界に君臨している》ことや、《ある意味で本道といえる》ことの理由にもなっている。対して、体系や合理を持たない大衆料理の雑駁さは、気楽なようで真に諦観することを難しくする。だから、仮に「赤提灯で焼き鳥を食べながら」でも話題にするべきは、本書『フランス料理の歴史』のような本についてである。
 美食の迷走 (2)
 
 《プーランが本書を書き終えてからの10年で、オート・キュイジーヌの地
  図は激しく塗りかえられた。(略) フランスには今も多彩な才能が現れ
  ているが、彼らはグローバル化したオート・キュイジーヌの世界では、
  世界に散らばる優秀な料理人の一部に過ぎないともいえる。フランス
  は今後も「フランス料理」の中心であることは変わらないにしても、グ
  ローバル化が進む限りは、これまでのようにオート・キュイジーヌの覇
  権を独占する状況に戻ることは難しいだろう。》 (山内秀文 「フランス
  料理の現在〈2005-2016〉 跋文に代えて」/前掲書 pp.420-421)
 
次に、私なりの曲解を述べよう。文庫化された『フランス料理の歴史』の真価は、山内秀文による《跋文に代えて》という追録にある。旧版にあった挿絵などの図版が新訂版で削られてしまったのは残念だが、《プーランが本書を書き終えてからの10年》の新たな動向、テクノ=エモーショネルやネオ・クラシシズムやネオビストロ(ビストロノミー)などの展開を整え述べた補記は見事である。そして、原著ではフェラン・アドリアによって引き起こされた流れを「美食の迷走」と本文の最終節で非難がましく憂いた著者ジャン=ピエール・プーランと異なり、訳者の山内秀文は《オート・キュイジーヌの覇権を独占する状況に戻ることは難しい》と「フランス料理」の衰亡を冷静に捉えている。料理界の中心円として形成されたオート・キュイジーヌ、黄金期と呼ばれて真円が拡張した19世紀、ヌーヴェル・キュイジーヌの登場で焦点が二重化して楕円となった20世紀、そうしたフランス料理の体系化の歴史に軸ブレはなかった。それが現在は円が崩れて不定形化して中心軸から離れて、料理界における「フランス料理」の優越が衰滅した、そう私は解している。だが、明瞭に君臨する世界帝国が現在の地球上にないからといって、過去の帝国の興亡を探る価値がなくなるわけではない。同様に、プーランらが描いた「フランス料理」の歴史的価値が崩れたわけではない。むしろ、山内秀文の補記による真価は、『フランス料理の歴史』全体を読み返す意義を教えている。
 美食の迷走 (3)
 
 《美食の迷走は、美食体験の中で味覚が食べるという行為に優越するよ
  うになる、この瞬間に始まった。食べるということが、食事をする理由で
  あることをやめてしまったのだ。試食の際にも、最も重要な段階は、口
  に入れるその瞬間になった。そして、飲み込んだ後にくる、感覚の融合
  や統合という価値観は、美食の地平からは消え去ってしまった。 こうし
  た傾向は、ワインが先行している。19世紀まで優勢だった、ワインが
  飲み手に及ぼす効果を含み込んだ、ワインと酩酊の文化から、ワイン
  への関心が味覚の次元に集中する感のある、ワインの味の文化へと
  移行してしまった。だから、今日のワイン分野での危機の大部分は、味
  覚の迷走に関わるものだ。》 (ジャン=ピエール・プーラン 「美食の迷
  走」/前掲書 pp.334-335)
 
さらに、私なりの俗解を述べよう。プーランが「危険かつ誤った騒乱」とも「美食の迷走」とも呼ぶ事態は、分子美食学やテクノ=エモーショネルだけに要素や因子を求められない。例えば、「食育」にも‘騒乱’や‘迷走’が見られる。食育の‘迷走’も、《味覚が食べるという行為に優越するようになる、この瞬間に始まった》のであり、その典型が‘Institut du Goût’(味覚研究所)を創設したフランスのJacques Puisais(ジャック・ピュイゼ)による「ピュイゼ・メソッド」である。フランスで味覚教育として始まった「ピュイゼ・メソッド」、その洗礼を受けた初期の児童は既に40歳代に達していて、中には《優秀な料理人》として活躍する者もいる。この《味覚が食べるという行為に優越する》食育は世界各国に広がりをみせて、日本でも(奇しくも2005年頃から)三國清三らによって盛んに喧伝されている。プーランは「美食の迷走」の傾向を《ワインが先行している》と述べているが、ピュイゼがワインの醸造と香味研究の権威であることに鑑みれば、私には何らの不思議もない。そして、ワインに始まった「美食の迷走」は、私に言わせれば、コーヒーの世界にも及んでいる。プーランの言を書き換えてみよう。
 
 「珈琲の迷走は、喫茶体験の中で味覚が喫するという行為に優越するよ
  うになる、この瞬間に始まった。喫するということが、飲用をする理由で
  あることをやめてしまったのだ。試飲の際にも、最も重要な段階は、口
  に入れるその瞬間になった。そして、飲み込んだ後にくる、感覚の融合
  や統合という価値観は、喫茶の地平からは消え去ってしまった。 こうし
  た傾向は、珈琲が後追いしている。20世紀半ばまで優勢だった、珈琲
  が飲み手に及ぼす効果を含み込んだ、珈琲と覚醒の文化から、珈琲
  への関心が味覚の次元に集中する感のある、珈琲の香味の文化へと
  移行してしまった。だから、今日の珈琲分野での危機の大部分は、味
  覚の迷走に関わるものだ。」 (鳥目散帰山人)
 
さて、私なりの半解なり曲解なり俗解なりが確かならば、料理やワインに興味がある者はもとより、コーヒーなども含めた全ての飲食物を愛好する者にとって、角川ソフィア文庫の『フランス料理の歴史』は必読の書であるといえよう。…さあ、山内秀文よ、怜悧聡慧にして遠識兼照なる訳文と解説を、日本中の食魔へ大いに見せつけるがいい!
 
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翡翠のコーヒー

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年04月17日 23時00分]
2000年3月18日、フランスの風景を中国の古墨で描いた日本画の企画展の会場で、一夜限りのフレンチレストランが開かれた。このクリエイションZAG(名古屋市東区)で催された晩餐会は、ソムリエがオーナーであるレストランの開業の予告と料理の試行を兼ねていた。友人の近藤マリコ氏が企画したもので、カミさんと食事を楽しんだ私は、食後のコーヒーを担当した。自宅で焙煎してきたモカ・マタリを、会場で淹れて供したのである。同年の後日、ソムリエの那須亮氏は、‘翡翠’(カワセミ)を店名に冠したレストランを名古屋市千種区に開いた。
 
あの一夜限りのレストランから17年が過ぎた2017年3月18日、私はカフェ・バッハ(東京都台東区)でシュークリームをおやつにしながらコーヒーを飲んでいた。そのコーヒーは中国雲南省瑞麗の江東農園のもので‘翡翠’(ひすい)という名が冠せられていた。私は数日前に受けた近藤マリコ氏の依頼を思い出した。曰く、「那須亮氏が還暦を迎え、それを言祝ぐ晩餐会を店とは別の場所で一夜限りで催す。ついては食後のコーヒーを供せよ」と。‘翡翠’を飲みながら、那須氏が生まれた「昭和32年」をドレスコードとする晩餐会で担うべきコーヒーを練った…
 
 翡翠のコーヒー (1) 翡翠のコーヒー (2) 翡翠のコーヒー (3)
2017年4月16日、「那須亮・還暦祝ディナー」が催されている会場の太洋ビル(名古屋市東区)に闖入(?)し、食後のコーヒーを担当した。ドレスコード「昭和32年」に関しては、中南米のコーヒー生産7ヵ国の輸出割当協定「メキシコクラブ」が1957年7月に結ばれたことに因んで、7ヵ国から選んだ豆をブレンドしたコーヒーとした。ティジュコ(ブラジル)とブエナヴィスタ(コロンビア)とセントタラス(コスタリカ)とモンテクリスト(ニカラグア)とサンタリタ(エルサルバドル)とマリランディア(グァテマラ)を等分に、協定の開催国産であるシエラミステカ(メキシコ)は倍量に、7種類の生豆を手廻し釜で混合焙煎したものを用意した。抽出は、ヤグラ掛けしたネル布での「打ち返し」(二度濾し)、それも「半返し」を披露することにした。デザートのシュークリームとワインが供された後に、「メキシコクラブ」や「打ち返し」、そして昭和32(1957)年の喫茶店でのコーヒーの値段が1杯50円(ラーメンは45円、映画観覧は140円)だったことなど雑話を晩餐会の参加者に説いてから、コーヒーを淹れて供した。
 翡翠のコーヒー (4) 翡翠のコーヒー (5) 翡翠のコーヒー (6)
 
晩餐会の終了後、ロールアップしたパンツの下から赤い靴下を見せていて正に‘翡’(カワセミ)姿の那須亮氏と歓談、それから会場を去った。‘翡翠’の那須亮氏と企画した近藤マリコ氏が関わる晩餐会での17年ぶりのコーヒー提供は、60年前の国内外のコーヒー事情を改めて考証することにもなった。私自身のコーヒー探究にとっても好い機会だったなぁ…帰宅後、土産に頂戴したワインと菓子を取り出しながら、「メキシコクラブ」と「打ち返し」で懐古と優美が合い立つ一夜限りの‘翡翠’のコーヒー、その味わいを想い返した。
 
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シン・コシラ

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年04月16日 01時00分]
映画『シン・ゴジラ』(2016年)は「現実(ニッポン)対虚構(ゴジラ)」などという惹句を掲げていたが、コーヒーの世界に必要なものは虚構の‘ゴジラ’ではなくて現実に‘コシラ’(拵)えることだ。時に新たに、時に神へ、常から真に、手間(てま)隙(ひま)をかけて材を用い形を整え意を注いで作る…「シン・コシラ」こそ欲するべきなのだ。
 
 《あまりにもぶざまだ。11日、東芝は2度にわたって延長していた20
  17年3月期の第3四半期決算(16年4~12月)をようやく発表した。
  だが、監査法人の承認を得ていない前代未聞の決算発表となった。
  東芝の綱川智社長は、「あらためて(期限を)延長しても(監査法人
  から)適正意見をもらえるメドが立たない」と泣き言のような説明を
  した。》 (『日刊ゲンダイ』 2017年4月12日)
 シン・コシラ (1)
 《パナソニック株式会社は、1月19日発表のコーヒーサービス事業
  「The Roast」についてサービス開始日を次の通り延期させていた
  だきます。 〈当初〉2017年4月上旬 → 〈変更〉2017年6月上旬 
  スマートコーヒー焙煎機本体の一部部品において、調達上の課題
  が発生したため当初設定していましたサービス開始日程を延期し
  ます。》 (パナソニック株式会社 プレスリリース 2017年4月12日)
 
あまりにもぶざまだ。パナソニックは1月19日発表のコーヒーサービス事業「The Roast」について、《焙煎機の開発ではイギリスのベンチャー企業「IKAWA」社と技術提携し、豆の特長を引き出すための、きめ細かな温度・風量制御、さらには使い勝手の良さを実現しました》と言っていたが、焙煎機の部品調達のきめ細かな制御に失敗、さらには手前勝手な販売延期を実現した。《厳しい品質管理と安全基準で選定した世界中の良質なスペシャルティ豆》を提供するはずの石光商事、《1種類の豆に焙煎度の異なる2~3パターンを作成》するはずの後藤直紀、これら提携した者も、事業発表の時には自ら喧伝したが発売延期については沈黙している。あまりにもぶざまだ。東芝を他山の石として、パナソニックらは泣き言のような説明を止めてコーヒーサービス事業から撤退した方がよい。コーヒーの世界を拵える資格がないのだから。
 
 《…デンバーのBext Holdings Inc.は、これらの農家が豆の公正な
  価格に見合う代金を容易にかつ迅速に得られるようにしたい、と考
  えた。同社は、見たところ高級な秤(はかり)に見えるモバイルのロ
  ボットを作った。バイヤーはこのロボットを農家の農地で使ってコー
  ヒー豆の品質を分析し、計量する。ロボットは一回分(30~40ポン
  ドの袋に詰める)の豆をサイズで選り分けて、良品の比率を計算す
  る。そして優・良・可などのマークをつける。もちろんそのマークは、
  バイヤーと農家の両方に見える。そして彼らは、Bext360のモバ
  イルアプリを使って公正価格を交渉する。同社のアプリとクラウド上
  のソフトウェアは、Stellar.orgのブロックチェーン技術を使って、豆
  の生産者生産地、バイヤーと支払い金額、などを記録する。CEO
  のDaniel Jonesによると、コーヒーを飲む人も、カップ一杯ごとに、
  コーヒーの産地や、農家が公正な代金をもらったかどうかを、分か
  るべきだ、という。“そうすれば、消費者はこれまでになく啓蒙される。
  そしてコーヒー業界の企業は、彼ら消費者の高いスタンダードを満
  たそうとする”、と彼は語る。》 (Lora Kolodny 「コーヒー豆の等級
  分けロボットとブロックチェーンを使って生産農家に公正な支払いを
  するBext360」 岩谷宏:訳/Webサイト『TechCrunch』日本版
  2017年4月12日)
 シン・コシラ (2)
 
あまりにもひどい。ロボットに《優・良・可などのマーク》で選別される生産者。モバイルアプリで《農家が公正な代金をもらったかどうか》を確かめながら飲む消費者。農民は誰のために何に向かってコーヒーを作っているのか? 喫する者は何のために誰と向き合ってコーヒーを飲むのか? コーヒーを拵える道理も、コーヒーを嗜む意義も、ダニエル・ジョーンズはわかっていない。あまりにもひどい。Bext360は設置されるごとに破壊された方がよい。コーヒーの世界を拵える資格がないのだから。
 
 シン・コシラ (3)
コーヒーの世界に必要な「シン・コシラ」は、どこにいるのだろう? 恰好だけの‘クール’は要らない。流行だけの‘スタイリッシュ’も要らない。それらは空疎を隠す欺瞞だから。手間(てま)隙(ひま)をかけて共に謀って拵える「シン・コシラ」のコーヒーを私は飲みたい。勿論「シン・コシラ」の菓子も食べたい。
 
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素子作って魂入れず

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記:映面 [2017年04月14日 01時30分]
ビートたけしは、《「もしかするとアニメ・コミックの実写版で最初に成功した例ではないか」というような意見があって、「唯一の失敗作は荒巻じゃないか」っていう噂もあるし、その辺は言わないようにって言っておりますけど…》と語った(映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』来日記者会見 2017年3月16日)。草薙素子は《本当に観たい映画は一人で観に行くことにしている》ようで、私も『攻殻機動隊 新劇場版』(2015)を一人で観た。それほど観たくない映画の場合に草薙素子は《観ないわ》と言っていたが、でも、「攻殻機動隊」実写映画化作品を観てみろって囁くのよ、私のゴーストが…
 素子作って魂入れず (1)
 
『ゴースト・イン・ザ・シェル』(Ghost in the Shell) 観賞後記
 
 《面白くするために押井守的な世界にするためにキャラをわざわざ弱
  くしたのに、スカーレット・ヨハンソン版の『ゴースト・イン・ザ・シェル』
  は、「(略)たった1つ足りないものがあるネ。なんだろ? それは強
  いキャラだよ。ハリウッド風の強いキャラを足してみよう」というよう
  なことをやっちゃったのが、今回の大失敗なんですけれども》 (岡田
  斗司夫/Web動画「岡田斗司夫ゼミ」#173表 2017年4月9日)
 
 《本作をより広い観客に理解させ、娯楽作品としての価値を高めるた
  め、とにかく分かりやすくしよう、感情移入させようという意図を強く
  感じる》 (小野寺系/Webサイト『Real Sound 』映画部 作品評
  2017年4月13日)
 
 《日本で制作された『攻殻機動隊』にあって、実写版『ゴースト・イン・
  ザ・シェル』にないもの、それは「曖昧な情感」です》 (ニコ・トスカー
  ニ/Webサイト『oriver.cinema』 レビュー 2017年4月13日)
 
 《近未来モノをやる上で一番避けて通れない生々しい臨場感とか、架
  空の世界の世界のリアリティとか。だから今回のはそう言うのに真
  っ向から挑んだ作品でもある。でもブレードランナーほどうまくいっ
  てるわけではない。(略)結果的にそうなったのか意図してかどうか
  は別として、今作はスクリーンの世界にゴーストが吹き込まれてい
  る。僕に言わせれば相当奇妙な映画だと思うよ。まあ僕は余計な
  とこばっか見てるから、正直なところ、見終わった後にこれ大丈夫
  なのかと思った》 (押井守/Webサイト『GIZMODE』 インタビュー
  2017年4月6日)
 
 素子作って魂入れず (2)
今般の映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』は、《曖昧な情感》を排した《ハリウッド風の強いキャラを足して》、《とにかく分かりやすくしよう》と、押井守とそれ以後のアニメーション作品をハリウッド映画化したものだった。日本の『攻殻機動隊』シリーズのアニメ作品は、士郎正宗の原作漫画を昇華していても消化不良を起こさせる、そこが面白い。対して、ハリウッドの実写版は、アニメ版を消化していても昇華されたとは言えない。何だかわからない消化不良を楽しみに新たな「攻殻機動隊」を観たはずが、きわめてわかりやすく真っ当なSFサスペンスアクションを観せられた、そこが《相当奇妙》なのである。つまり、私が『攻殻機動隊 新劇場版』を観た時に感じた《“サイバー・オペラ”に堕す危険性》、または《「攻性の幻想」に全て回収されてしまう暗示》、それを今般の映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』は見事に具現化させてしまった。
 
 素子作って魂入れず (3)
押井守は《今作はスクリーンの世界にゴーストが吹き込まれている》などと持ち上げているが、私はそう思わない。スカヨハ(スカーレット・ジョハンソン)にゴーストが吹き込まれていたのは、『LUCY/ルーシー』(2014)であって今作ではない。スカヨハにとって『ルーシー』と今作は、リュック・ベッソンとルパート・サンダース、どちらも女優を食い散らかす癖が抜けない監督の下で演じたことだけが通じている。そして、今作でゴーストが吹き込まれていたのは、草薙素子の母(桃井かおり:演)だけだった。
 
 《確かにいい映画といえなくもないわね。でも、どんな娯楽も基本的に
  は一過性のものだし、また、そうあるべきだ》   《夢は現実の中
  で闘ってこそ意味がある。他人の夢に自分を投影しているだけでは、
  死んだも同然だ》 (草薙素子/『攻殻機動隊 STAND ALONE
  COMPLEX』 第12話「タチコマの家出 映画監督の夢」)
 素子作って魂入れず (4)
 
監督ルパート・サンダースの夢は、何だったのだろう? 草薙素子は電脳の中で散ってこそ意味がある。素子の墓に現実を投影しているだけでは、死んだも同然だ。今般の実写映画化作品『ゴースト・イン・ザ・シェル』は、「素子(もとこ)作って魂(たましい)入れず」だ。
 
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サクラサクラン

ジャンル:スポーツ / テーマ:ジョギング・ランニング / カテゴリ:走の記:大会編 [2017年04月10日 23時30分]
2004年まで17回続いた「小笠・掛川マラソン」は、いわゆる‘平成の大合併’による小笠郡の消滅(2005年)と共に消えた。2006年から同じ「ヤマハリゾートつま恋」を会場に「掛川・新茶マラソン」が始まった。この第1回は、私が初めてフルマラソンに挑んだ大会だった。ポプコン会場としていわゆる‘フォークの聖地’だった「ヤマハリゾートつま恋」が営業不振で売却される騒動に伴って、「掛川・新茶マラソン」は《17年春大会は中止へ》(「静岡新聞」2016年12月6日)と発表された。だが、「つま恋」がホテルマネージメントインターナショナルへ譲渡される決定で、《掛川・新茶マラソン開催へ》(「静岡新聞」2016年12月27日)と一転した。では、行こう。5年連続で計8回目の参加となる大会、「つま恋リゾート 彩の郷」として再開される3日前の会場へ…私は帰ってきた!
 
2017年4月9日
『第12回 掛川・新茶マラソン』 フル
 
サクラサクラン (1) サクラサクラン (2) サクラサクラン (3) サクラサクラン (4)
雨の中を会場入り。桜の花は前年大会では散り始めて咲き残りだったが、今般は満開前の8分咲き。大会の開催日が最も早いこともあろうが、桜が遅れてもいるのだろう、とにかく見頃でラッキー。よし、桜の錯乱に乗じて花見走、桜を眺めて撮りながらの「桜咲く走」(サクラサクラン)だ。小雨の中、スタート! 3km付近でK瀬さんに遇って「おはようございます」。
 
サクラサクラン (5) サクラサクラン (6) サクラサクラン (7) サクラサクラン (8)
栗原川(菊川水系)を渡りながら右奥の桜を花見。緩い丘を越えて沿道の桜を花見。佐束川(菊川水系)の起点から桜を花見。県道を外れて丘をヒイヒイ越えながら、左右の茶畑の様子を見るが芽吹きは鈍い。下って田園の中を進み、9km地点で桜を花見。10km地点を1時間3分4秒で通過。11km地点で佐束川(菊川水系)を渡りながら堤に並ぶ桜を花見。静岡スチールの私設エイドでブドウを10粒食べて、沿道の桜を花見。亀惣川(菊川水系)を渡りながら堤に咲く桜を花見。16km地点の関門(2時間20分制限)を約1時間42分で突破。
 
サクラサクラン (9) サクラサクラン (10) サクラサクラン (11) サクラサクラン (12)
フルーツステーションでイチゴを4粒食べて、菊川本流の右岸を桜の花を潜りながら進む。ん? 紫のくの一が足半の下駄で走っている! 18km付近で、潮騒橋や高松川水門、発電用風車を眺める。海風は思ったほど吹きつけないが、大東総合運動場の風車からドオングワンと鈍く嫌な音を受ける。20km地点の関門(2時間50分制限)を2時間9分54秒で突破。
 
サクラサクラン (13) サクラサクラン (14) サクラサクラン (15) サクラサクラン (16)
中間点を約2時間17分で通過すると、雨が上がって空が明るくなってきた。だが私はヘロヘロ、予定通りに後半は間歩を混ぜて完歩を狙おう。深田川(東大谷川水系)に続く農業水路沿いの桜を花見。南消防署手前の丘側の桜はまだ蕾。26.6km地点の関門(3時間50分制限)を約3時間8分で突破。大浜公園入口から左奥の桜を花見。前々年よりコースになった急激な上り坂、くの一走者も歩くよなぁ。高天神城跡近くの山裾に咲く桜を花見。
 
サクラサクラン (17) サクラサクラン (18) サクラサクラン (19) サクラサクラン (20)
30km地点を3時間45分53秒で通過。31.6km地点の関門(4時間30分制限)を約4時間7分で突破。フルーツステーションでメロンを約1玉分食べる。下小笠川(菊川水系)の桜を花見。35km地点で二ノ宮神社脇の桜を花見。
 
サクラサクラン (21) サクラサクラン (22) サクラサクラン (23) サクラサクラン (24)
35.6km地点の関門(5時間5分制限)を約4時間52分で突破。ここから往路を戻るので、再び佐束川の起点から桜を花見。栗原川へ流れる水路で菜の花と桜の共演を観る。桧坂隧道を抜けて、上小笠川(菊川水系)の堤に並ぶ桜を花見。フルーツステーションでオレンジを約2玉分食べる。隣の冷茶も飲んでおく。
 
サクラサクラン (25) サクラサクラン (26) サクラサクラン (27)
40km地点を5時間34分03秒で通過。「(最終6時間制限に)間に合わない」と嘆く走者を励まして、「もうダメ」と停まる走者を急かして、私は笑い進む。茶畑を抜けて、「つま恋」南ゲートから桜を観ながら園内の坂を上る。対面に先着して帰る人の列、そこから「あ、何してんの?」の声は石上さん、「おぉ遇えたけど話しているヒマがない(笑)」と撮って別れる。フッと強い風が吹き、散った桜の花が私を舞い追う。最後は爆走して…フィニッシュ!
サクラサクラン (28) サクラサクラン (33) サクラサクラン (34)
 
タイム 5h57分37秒
 
サクラサクラン (29) サクラサクラン (30) サクラサクラン (31) サクラサクラン (32)
一週前に落合公園(春日井市)で花見、3日前にみどり川(西尾市)で花見、そして今般の「掛川・新茶マラソン」で花見の総仕上げ。中止覚悟の大会が遅れて開催を決定、桜の花も茶の芽の生育も遅れた、これは想定の外。記録は最終制限ギリギリまで遅れた、これは想定の内。「新茶の走り」を止めて、桜の遅咲き錯乱に乗じた花見走を完遂…帰途に、「さわやか」(袋井本店)でげんこつハンバーグを食べながら、楽しき「桜咲く走」(サクラサクラン)を想い返して笑った。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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