コーヒーは旅をしない

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年02月25日 01時00分]
コーヒーは旅をするのか? 『旅する缶コーヒー』というコーヒー漫画はあるが、缶コーヒーが旅をするのか、不明だった。《日本のはるか遠く、地球の裏側で元気に育った、小さな赤い実は、おいしいコーヒーになるために、長く険しい旅に出発します》というショートムービー「コーヒー豆の大冒険」(UCC上島珈琲)があるのだから、コーヒーは旅をするのか? いや、「旅をしない」という新たな話が報じられた。
 コーヒーは旅をしない (1)
 
 「コーヒーも旅をしない」 @コンゴ民主共和国・ルブンバシ
 《コンゴ民主共和国(旧ザイール)の南部ルブンバシで、取材中にコー
  ヒーを頂いた。近くで栽培された豆を使っているという。口に含むと、
  オレンジのような香りと、黒糖のようなまろやかさが口全体に広が
  った。かなり重量感のあるコーヒーだった。 アフリカでは、エチオピ
  ア産やタンザニア産の豆が有名だが、高地に位置するコンゴ南部
  でも良質の豆が取れる。「でも、この豆を日本に持って帰っても、こ
  のおいしさは再現できないんだ」と現地在住の日本人は残念がる。
  原因は水だ。日本の水は軟水が多く、お茶をいれたり、だしをとっ
  たりするには適しているが、コーヒーには不向きだとも聞く。「コー
  ヒー豆も生きているから、育った場所の水でいれるのが一番おい
  しい」という。 そういえば、欧州を旅した時、「おいしいワインは旅を
  しない」という言い伝えを聞いた。良質のワインは保存が難しいし、
  地元で全部飲んでしまうから、というのがその理由だった。 おいし
  いコーヒーも「旅をしない」のだろうか。確かめるためには、私たち
  が旅をしてみるしかない。》 (三浦英之 特派員メモ/「朝日新聞」
  2017年2月23日)
 コーヒーは旅をしない (2)
さすが、三浦英之特派員、このルポは、とても好い。日本の水が《コーヒーには不向き》という点は寝耳に水で賛同できないが、そこは水に流そう。コーヒーは《育った場所の水でいれるのが一番おいしい》から、日本では《このおいしさは再現できない》という言、なるほど、水が合う合わないということは、コーヒーにもあるのだろう。たとえ、それがどんな水であっても…
 
 《コルウェジから約290km離れたルブンバシは、コンゴの鉱業のもう
  一つの中心地だ。この地域の研究者たちは、鉱業が住民の健康
  に深刻な悪影響を及ぼしていると主張している。 彼らの調査によ
  れば、採掘人や地元住民が日々の生活で摂取している金属の量
  は、安全基準の数倍に達しているという。 住民の尿を検査したとこ
  ろ、基準と比べてコバルトが43倍、鉛が5倍、カドミウムとウランが
  4倍も含まれていた。子供の場合はさらに数値が高かった。 別の
  調査で、コンゴの鉱業が盛んな地域で獲れた魚には、高濃度の金
  属が含まれていることもわかっている。 さらに別の調査では、ルブ
  ンバシの土壌は「地球上で最も汚染が深刻な10地域の一つに入
  る」という結論が出たという。》 (「事故で、汚染で、次々と倒れるコ
  ンゴの鉱山労働者…彼らを搾取する「巨大企業」の正体とは?」
  Webサイト『クーリエ・ジャポン』 2016年10月/‘The cobalt
  pipeline: Tracing the path from deadly hand-dug
  mines in Congo to consumers' phones and laptops’
  Todd C. Frankel “The Washington Post” 2016.09.30)
 コーヒーは旅をしない (3)
仮に土壌や水が汚染されているからといって、《コーヒー豆も生きているから、育った場所の水でいれるのが一番おいしい》という主張に、水をさすことはできない。仮に土壌や水が汚染されているからといって、そこに人が生きているから住んでいる場所の景色を観るのが一番楽しいという主張に、水をさすことができないように。コーヒーにとっても、人にとっても、水になれるということは、そういうことなのだ。
 
 コーヒーは旅をしない (4) コーヒーは旅をしない (5)
動乱と侵略と内戦と殺戮と疫病と貧困の中にコンゴ民主共和国(RDC)があり、荒廃と汚染と病害の中にRDCのコーヒーがある。キブやカタンガを主にしてRDCのコーヒー産業にも復興の手は差し伸べられているが、2000年代以降の生産量や輸出量に現状でも伸張はみられない。そうした実状も解しないままに、日本をはじめとするコーヒー消費国がコンゴにもスペシャルティコーヒーを求めるのであれば、コーヒーは「旅をしない」方が好い。正に、《私たちが旅をしてみるしかない》のである…コーヒーは旅をしない。
 
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迷骨スーダラ

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2017年02月20日 05時30分]
展覧会のチラシに曰く、《平成29年は、三重県出身の昭和を代表するスター植木等の生誕90年、没後10年という節目の年にあたります。(略)一流のミュージシャンであり、映画「無責任男」で一世を風靡した喜劇俳優でもあった彼の活躍を回顧するとともに、映画やテレビでは決して見ることのできなかった素顔の植木等にも迫ります》…テナコト言われてその気になって MieMu(みえむ)とよばれる会場へ 音の鳴る詞があるじゃなし 講演録は序の口で インタビュー聴き座り込み 見入ったあげくが ハイそれまでョ フザケヤガッテ フザケヤガッテ フザケヤガッテ コノヤロー!
 迷骨スーダラ (1) 迷骨スーダラ (2)
 
「植木等と昭和の時代」 (三重県立総合博物館)
 
 《植木等だけ、出てこないのである。じりじりしているうちに、ゆっくり、
  客席の入りを眺めながら、階段をおりてくる。色悪というか、遊び人
  というか、そういうタイプで、女から血をしぼりとっている男としか見
  えなかった。容貌も、たいへん通俗的な二枚目である。(略)〈クレー
  ジー・キャッツ〉が本当にスターになるのは、三十六年秋からだが、
  私はすでにこの珍バンドに熱中していた。(略)一杯八十円(だった
  と思う)のコーヒーは、失業保険で生きている男にはつらかったが、
  そんなことも、まあどうでもよかった。(略)のちに、植木等にきくと、
  植木が必ず遅れて現れたのは、舞台のベルが鳴ると手洗いにゆく
  くせがあり、そのために遅れたということで、不敵なウス笑いと見え
  たのは、実はテレていたらしい。だが、そのヤクザっぽいムードは、
  いまの植木等からは想像すべくもなく、のちに〈無責任〉というイメー
  ジができる下地は十分にあった。(略)
  こういった人物の総仕上げが、『ニッポン無責任時代』(三十七年
  七月二十九日封切)であった。(略)それは、一歩ふみ出せば、マッ
  カーサー司令部によって温存された天皇の戦争責任と、天皇が責
  任をとらなかったために始まった、だれにも責任がないフシギな国
  のあり方へのメスとなったかもしれない。(略)
  植木等は実生活では陽気によく笑ったが、苦しんでもいた。もともと
  古風な性格の彼に、ドライな役を演じさせるためには、わるのりを
  納得させる必要があった。いったん納得すると、無類に明るく、やや
  ニヒルな彼の個性はケンランと輝いた。(略)戦中派である彼の心
  情と役柄(ドライ人間)のギャップは一作ごとに大きくなっていった。
  植木等さえ出れば商売は安全、というひどい作り方に、もっとも苦
  しんだのは植木本人だったと思う。(略)昭和四十年七月、東京宝
  塚劇場で上演されたクレージー・キャッツ結成十周年記念公演──
  ここまでが、クレージー全盛時代であったという記憶が私にはある。
  (略) 戦後の混乱から高度成長期にかけて大衆に迎えられたのは、
  悪(ピカロ)を演じた初期の森繁、初期のフランキー堺、初期の植木
  等であった。こつこつやる奴ぁご苦労さん!──と歌いながら、植木
  等が走り抜けて行ったあとに残されたのは、高度成長以後の、飢
  えの感覚を知らず、とはいえ、俄か成金の悲しさで、豊かさの中で
  のたのしみの見つけ方、ハングリーでなくなった時の文化のありよ
  うがわからずに、呆然としている大衆であった。》
  (小林信彦 『日本の喜劇人』 新潮社:刊 1982年/中原弓彦名義
   の原著を増補した定本版にさらに加筆修正)
 
 迷骨スーダラ (3) 迷骨スーダラ (4)
三重県立総合博物館の企画展第14弾「植木等と昭和の時代」は、《其れは去年の事だった 星のきれいな宵だった ウソツケ》と植木等が落書きした「小さな喫茶店」のスコアなど面白い品々が陳列されていたし、植木等を語る稲垣次郎や砂田実や小松政夫のインタビュー映像なども聞き応えがあった。だが、星野源による《実は物静かな、内気で真面目な方だということがわかりました》などというたいへん通俗的な解釈は腹立たしかった…それは寄稿の事だった 星野きれいな酔いだった ウソツケ。
 
 《…この円熟期のポスターが、映画「無責任シリーズ」の頃と大きく異
  なる点は、日本たばこ産業株式会社のポスターに代表されるよう
  に、「無責任」から一転して、植木等が「無責任」を否定し、「責任」
  ある行動を促すという内容になっていることです。これは、ポスター
  を見るユーザー側が、既に植木等が「無責任男」ではないことを
  理解している表れなのではないでしょうか。》
  (「植木等と昭和の時代」 第4章 円熟する新たな魅力 解説)
 
 《高度な科学技術の進歩、物質文明の繁栄は、どんどん自然を破壊
  して居る。地球的規模で環境破壊が進んで居る。此れは矢張り人
  間の精神をどこかで荒廃させて居る。残酷な事件が起きるのは精
  神の荒廃の表れだと思う。》
  (植木等/岡山大学三朝医療センター吸入日課表メモ)
 
この展覧会の訴えが大きく間違っている点は、《既に植木等が「無責任男」ではないこと》が植木等の実相ではなくて、《クレージー全盛時代》以後の《呆然としている大衆》の視点の変節を示している、そこを理解していないことである。《だれにも責任がないフシギな国のあり方》の中で苦しんだ植木等は、その後も真面目に無責任だった。わかっちゃいるけど やめられない…そうした理解を促すという内容になっていない展覧会は、本当に無責任であり《精神の荒廃の表れだと思う》。
 迷骨スーダラ (5) 迷骨スーダラ (6)
「植木等と昭和の時代」は、植木等の父である植木徹誠(俗名:徹之助/1895-1978)の誕辰、生まれて122年後の1月21日に奇しくも始まった。そして、私が訪ねたのは徹誠の祥月命日、死んで40回忌となる2月19日だった。企画展の展示でもっとも好かったのは植木徹誠の書、その揮毫には「迷骨」の落款があった。「人間は骨になっても迷うほど俗なものだということらしい」(藤元康史ブログ 「植木等考 およみでない?」)…人生で大事なことは タイミングにC調に無責任 とかくこの世は無責任 迷骨なる奴ァごくろうさん!
 
 迷骨スーダラ (7)
植木徹誠と植木等、支離滅裂な父子の心情と役柄を探る旅、「迷骨スーダラ」とでも名付けようか? それはまだ始まったばかりだ。帰途に買った蜂蜜まんを食べながら、栗谷の常念寺(聞徳寺/聞得山常念寺)や朝熊の三宝寺などを訪ねたいと思った…そのうちなんとか なァるだァろォ~。
 
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毒物でも手落ち

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記:映面 [2017年02月19日 01時30分]
《通常のドリップコーヒーは約10グラムの豆を使い、140シーシーのコーヒーを抽出する。僕の好むのは30グラムで70シーシー、つまり通常の6倍の濃度のコーヒーです。淹れる際、60度の低温のお湯を使い、ネルドリップで手落としする。蒸すだけで6分、抽出に3分、そうして淹れたコーヒーは、まるでビターチョコのような甘さがある!》と、冠城亘は言い立てる(「相棒」14 第2話「或る相棒の死」)。だが、その《手落とし》は3秒で70シーシーに達しそうなほど手を抜いた注湯であり、どうみても《ビターチョコのような甘さがある》とは思えない。冠城亘が抽出する液体こそが、新たな劇場版の予告編で《1リットルの液体が気化すると50万人分の致死量となります》と言われている毒物ではないのか?
 毒物でも手落ち (1) 毒物でも手落ち (2)
 
『相棒 -劇場版IV- 首都クライシス 人質は50万人! 特命係 最後の決断』 観賞後記
 
 毒物でも手落ち (3) 毒物でも手落ち (4)
『相棒 -劇場版- 絶体絶命! 42.195km 東京ビッグシティマラソン』(2008)で《打つべき手は打った。責任を負う必要は無い》とでも思ったのか、《僕の進む道を変えるわけにはいきません》と『相棒 -劇場版II- 警視庁占拠! 特命係の一番長い夜』(2010)で興収と動員を3割も落とし、《何をしたんですかぁ》と言いたくなる『相棒 -劇場版III- 巨大密室! 特命係 絶海の孤島へ』(2014)で興収と動員を第1作の半分以下にして《まさかこんなことになろうとは》…監督の和泉聖治と脚本の戸田山雅司・輿水泰弘はクビ? で、太田愛の脚本で橋本一を監督にした今般の『相棒 -劇場版IV-』は、昔日に日本政府の‘高度な政治的判断’で事件を闇に葬られて見捨てられた者がスポーツ関連の催事で無差別大量殺人を企む復讐劇だ…って、1作目の焼き直しじゃないか! こんな風に相棒の物語を粗末にしてはいけない。たとえネタ枯れであっても、スタッフは最後の時まで慮るべきです、いや、慮ってください!
 
 毒物でも手落ち (5) 毒物でも手落ち (6)
国際犯罪組織「バーズ」の首魁レイブンを追う「国連犯罪情報事務局」元理事マーク・リュウがレイブンだとは言わないで特命係に案内役をさせる警視庁総務部広報課長の社美彌子(仲間由紀恵:演)、国際犯罪組織の最後のシゴトがテロ‘未遂’事件を起こすことだったレイブンことマーク・リュウこと天谷克則(鹿賀丈史:演)、9億円の身代金を要求する動画で鷺沢瑛里佳(山口まゆ:演)が持つ新聞の「世界スポーツ競技大会閉幕」の見出しに反応しないまま捜査して殺人を繰り返してきた天谷克則を命懸けで守って《到底許されることではありませんよ》とは言わない警視庁特命係係長の杉下右京(水谷豊:演)…「相棒」の劇場版は設定の矛盾を無視した。今回観てみれば、大勢の人々が見守る中で、映画人の誇りが砕け散っていた。『相棒 -劇場版IV-』は、社会派を気取っても手落ちのある「相棒」らしいドラマとして佳作である。だとすれば、冠城亘(反町隆史:演)がTVシリーズで《手落とし》した《あまり高くない豆をブレンドして、ブルーマウンテンに近い風味を再現してみました》というコーヒーも、映画と同様に毒物でも手落ちだろう。いずれも、一笑に付そう。
 
 毒物でも手落ち (7)
今般に『相棒 -劇場版IV- 首都クライシス 人質は50万人! 特命係 最後の決断』を観賞した映画館「春日井コロナシネマワールド」は、2017年2月26日に閉館する。1983年3月19日に複合施設「春日井コロナ会館」の映画館として開設され、2001年4月に「コロナワールド」へ改装されたが、33年余にわたって続いた(シネコンと称してシネコン臭がしない)「映画館」が消えていく。この映画館で何百本の映画を観たのだろう? ‘最後の決断’として『相棒 -劇場版IV-』を選んで「春日井コロナシネマワールド」のシネマ1(定員302人)で観た。‘人質は50万人!’の映画の観客は10人! こんな風に映画館の命を粗末にしてはいけない。たとえ不振の身であってもコロナは最後の時まで生きるべきです、いや、生きてください!
 
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リンド!

ジャンル:その他 / テーマ:ひとりごと / カテゴリ:あ・論廻 [2017年02月13日 05時30分]
谷口ジローが死んだ。「孤独のグルメ」や「『坊っちゃん』の時代」を代表作のように言う訃報だらけだが、首肯しかねる。《…普通の人の日常を描いた大人向けの作品が多い》(「毎日新聞」 2017年2月12日)とまで書かれると、フザケルナと言いたい。信教はローマン・カトリックおそらくジェズイット会員、洗礼名はミゲル…そのミゲル谷口治郎の来歴を以下に記す。
 LINDO! (1)
 《日本人の母親とフィリピン人の父親のあいだに1946年頃ミンダナオ
  島南端のサンボアンガで生まれる。3歳でジェーン台風禍で両親をな
  くし、日本に帰り、瀬戸内海沿岸のカトリック系孤児院で幼少年期を
  送る。孤児院では初等教育を受けながら晩鐘を鳴らす仕事を与えら
  れた。 当時からきわめて闘争的な性格で、また運動能力にも不足は
  なかったため10歳頃から孤児院仲間の思想的支柱または指導的
  存在となり、近隣の町の子供たちとの武闘も指揮していた。勉学の
  方面ではまったく目立たなかったが絵画的才能の片鱗を示し、夏休
  み宿題帳の表紙絵として採用されること再三ならずだった。 1960
  年頃脱走、東京へ向かう。(略) 1960年の安保闘争で左右両方の
  デモ隊におにぎりを売ってかなりの金を摑み、それをシンガポール船
  の船長に握らせて密航をくわだてたが英語の意思疎通が不完全だっ
  たために香港でおろされる。ネイザン・ロードで靴磨きとなって3年を
  過ごし、再び密航に挑戦するが戦時下のサイゴンで放り出される。こ
  こでは空薬きょう拾いと米軍相手の似顔絵描きとして生計をたててい
  た。 1968年頃、知りあった米兵の好意にすがって空母エンタープラ
  イズの艦内メッセンジャーボーイになり、1970年、佐世保に入港し
  た機会に船をおりる。 その後はテキ屋の手伝いをしながら学費をた
  め、1972年早大夜間学部に入学。学生生活にあきたらず、深夜、
  地下鉄工事の労働者として働きながら私立探偵をめざしてアイフル
  探偵学校に入学。ここで関川夏央と出会う。 1976年から「夢と希望
  をもってマンガをつくろう」を合言葉に関川とマンガを制作し、ついに
  自分の天職を発見したと感じる。 1981年に関川が海外逃亡してか
  らはほとんど単独で仕事をつづけている。日曜日には教会に通い、
  夕方にはベランダでシェリーをなめながら冒険に満ちた前半生をふり
  返る毎日であるようだ。》 (谷口ジロー・関川夏央 『暴力街21分署
  〈無防備都市〉』 竹書房:刊 1985年)
 LINDO! (2)
谷口ジローと会った関川夏央は《「夢も希望も捨ててマンガをつくろう」と誓いあって》と食い違った証言をしているので、前記の来歴にも不確かなところがあるのかもしれない。しかし、そんなことはどうでもよい。ミゲル谷口治郎こそ、私が渇仰するピカレスク谷口ジローなのだ。
 
 《デビュー以降、動物ものとハードボイルドに、さらに格闘などのアク
  ションものや冒険ものに卓越した技量を発揮した。正確なフォルム
  は原作者たちを驚嘆させ、動作から動作への移行を緻密に描いて
  同業のマンガ家たちをうならせる。(略) 転機となったのは92年の
  『犬を飼う』。短編で小学館漫画賞をとるのは異例のことで、自信
  になったという。ここから、人間と動物、人と人のきずなを描く90年
  代の中・短編群が継続して生まれた。》 (斎藤宣彦/アエラムック
  AERA COMIC 『ニッポンのマンガ』/朝日新聞社:刊 2006年)
 
小学館漫画賞審査委員特別賞や日本漫画家協会賞優秀賞や手塚治虫文化賞マンガ大賞や文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞やフランス芸術文化勲章(シュヴァリエ)なんて、クソくらえだ。私が驚嘆させられた犬は、「犬を飼う」のタムではなくて「ブランカ」だった。「歩くひと」よりも走る「ルード・ボーイ」の黒米弥太郎に唸った。唸るといえば、「事件屋稼業」を読んでからはトイレで「デル…デロ…デッラ…」と唸るようになった。《人と人のきずなを描く90年代》なんて、クソくらえだ。
 LINDO! (3)
 《忘れもしない1990年11月29日。犬の死からひと月近い、雨の降る、
  寒い日でした。私達は神保町の喫茶店で会いました。暖かな炭火珈
  琲をすすりながら、私はこの犬の話をしてみました。(略) こうして「犬
  を飼う」が生まれ、私の小さな望みが叶えられました。》 (谷口ジロー
  「思い出すこと」/『犬を飼う』 小学館:刊 1992年/2002年文庫化)
 LINDO! (4)
文芸コミック(?)の「犬を飼う」には、《生きるという事、死ぬという事、人の死も犬の死も同じだった》と記されている。飼い犬の死から26年余が過ぎて、2017年2月11日に飼い主の谷口ジローが死んだ。いや、雨の降る寒い日に《暖かな炭火珈琲》をすすっていた時点で、ピカレスク谷口ジローは既に死んでいたのかもしれない。だから、「死ぬには好い日だ」や「可愛い死神」を読み返そう…晴れて暖かい日に《ベランダでシェリーをなめながら》。そして、最後に今は亡き谷口ジローに「LINDO(リンド)!」という言葉を贈る。
 
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僕はコーヒーがよめない4

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年02月11日 01時00分]
コーヒーが「のめない」のか、それとも「のまない」のか、それが問題だ!…それも問題だが、コーヒー漫画が「よめない」のか、それとも「よまない」のか、それも問題だ! 『週刊ビッグコミック スピリッツ』(小学館:刊)に連載され、ビッグコミックスとして単行本化されてきた『僕はコーヒーがのめない』(福田幸江:作 吉城モカ:画 川島良彰:監修)は、2017年1月30日発売の第7巻で完結、改め一気読み。
 僕はコーヒーがよめない4 (1)
 
[あらすじ] 無類のコーヒーオタクである花山太一には、電機部品の町工場を畳んで「花山焙煎所」を営み超浅煎り焙煎をする花山大吉の息子、飲料メーカー「東京ドリンクカンパニー」(TDC)で女子社員からお地蔵さんと呼ばれている社員、最高級のコーヒーを味わう会員制組織「レッドダイヤモンドクラブ」(RDC)の会員、という3つの顔がある。花山太一の先輩社員である加賀谷俊介は、TDC創立50周年の記念企画としてサードウェイブプロジェクトを立ち上げ、天堂周伍郎が率いるRDCとの「王様コーヒー」対決に勝利して、TDCを辞めてポートランド発祥のストックトンコーヒー陣営へ移った。花山太一はTDCに残り、コロンビアのバスケス農園で「飲んだ人が幸せになれるコーヒー」を目指したコーヒー畑を作った。
 
 僕はコーヒーがよめない4 (2)
「僕はコーヒーがのめない」は、コーヒー漫画として‘王様’であろうか? とんでもない。それは「のめない」話だ。いや、監修がホセ(川島良彰)であるから、コーヒーに造詣を深くする情報源としては使える。だが、‘漫画’としては、出来があまりよろしくない「バリスタ」よりもさらに酷い。何故か? 画がダメだから。作画を担当した霜月かよ子は、連載前にTwitterでこうつぶやいていた。
 僕はコーヒーがよめない4 (3)
 《すでに講談社のKiss編集長ブログに告知されていますが、漫画家の
  こやまゆかり氏がネーム原作の18世紀のフランスが舞台の漫画が
  新雑誌で始まる予定です!》 《あと、それよりも先に別の漫画も連
  載スタート予定です。今までとは全く毛色の違う作品です。掲載日が
  わかり次第改めて告知させていただきます。》 《掲載はまだまだ先
  ですがオリジナル作品も進行中です! 多分年末あたり…になりそ
  うな予感。》 (2014年3月22日 @shi_moon11)
 《私は『吉城モカ』という新名義でやらせていただきます~。霜月かよ子
  とは違って暖かい絵柄に。》 (2014年4月21日 @shi_moon11)
 僕はコーヒーがよめない4 (4)
《漫画家のこやまゆかり氏がネーム原作の18世紀のフランスが舞台の漫画》とは「ポワソン 寵姫ポンパドゥールの生涯」(隔月刊誌『ハツキス』連載:2014年7月号~2016年11月号/講談社:刊)であり、《オリジナル作品》とは「クドラクの晩餐」(月刊誌『ARIA』連載:2014年12月号~2015年11月号/講談社:刊)である。これらに先行した「僕はコーヒーがのめない」は、《今までとは全く毛色の違う作品》であり、だから《『吉城モカ』という新名義で》挑んだのだろうが、これが裏目に出た。霜月かよ子は、決して絵がヘタな漫画家ではない。いや、描線などは上手な方である。但し、線が細いのでやや暗い背景に動きが少ないシリアスな描写が合っている。これを‘吉城モカ’の「僕はコーヒーがのめない」は自ら封じてしまった。描線を省いて背景を抜いたコマを多用した結果、《霜月かよ子とは違って暖かい絵柄に》したハズが、弱弱しい絵柄になってしまった。それも、主人公の花山太一を描いたコマで‘霜月かよ子’を封じたために、必要以上にストーリー全体が弱弱しくなって迫力に欠けた漫画になったのである。
 
さらに踏み込んで評すれば、「僕はコーヒーがのめない」における小学館の編集部の罪は重い。原作を担当させた福田幸江が、いわゆる‘対決もの’よりも登場人物が身を置く場を移していく‘葛藤もの’に技があることは新「味いちもんめ」のシナリオをみればわかりきったことだろうに。作画を担当させた霜月かよ子が、その本領を発揮する画技と意欲の軸足を講談社へ移すことはわかりきったことだろうに。原作と作画の布陣からして欠格であった「僕はコーヒーがのめない」は、コーヒー漫画として‘王様’どころか‘ディフェクト’だらけである。関係者はコーヒー漫画が「よめない」のか、それとも「よまない」のか、いずれにしても問題だ。できることならば、おやまけいこを改作者にして、(吉城モカではない)霜月かよ子を作画者にしたリメイク版「僕はコーヒーがのめない」を私はよみたい。
 僕はコーヒーがよめない4 (5)
 
コーヒー漫画の中にも「のめない」話があるのも仕方がないが…しかし、「のめない」からといって「よまない」ワケにはいかない。但し、コーヒーの世界には先が「よめない」コトもある。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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