ドングリ日和

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2016年09月23日 01時30分]
「やはらかに誰が喫みさしし珈琲ぞ紫の吐息ゆるくのぼれる」と詠みながら隣家の人妻を食いさして吐息をもらした男、その北原白秋は、
 《日本ラインといふ名称は感心しないね。毛唐がライン河を仏蘭西の木曾川
  とも蘇川峡とも呼ばないかぎりはね。お恥かしいぢやないか》 (「白帝城」/
  連載「木曽川」/『東京日日新聞』 1927年7月)
とボロクソに言ったが、さて、《お恥かしい》のは姦通罪で監獄行きになった男か? それとも、「日本ライン」と称した木曽川か? いずれにしても、北原白秋は志賀重昂に謝れバカヤロウ! …その木曽川で遊船観光「ライン下り」が始まったのは大正年間であり、右岸の美濃太田(現:美濃加茂市)側では現在の木曽川緑地ライン公園の西端付近(「コクウ珈琲」の裏の堤防付近)に乗船場が設けられた。大東亜戦争後は、1965(昭和40)年に名古屋鉄道グループの日本ライン遊船株式会社が美濃加茂市御門町に中之島乗船センターを開設し、1991年にレストハウス「シュロス」がオープンしたが、川下りの船よりも速く採算が下って(?)2003年に運営会社が清算され、「シュロス」は2009年に解体され、2013年に「ライン下り」自体が休止された。その乗船場の跡地である中之島公園で、「きそがわ日和」のアート催事が開かれる。《雨にも負けず、ワークショップきそがわびより始まりました!》…
 ドングリ日和 (1)
 
「ワークショップ きそがわびより」 (主催:きそがわ日和実行委員会)
 
 ドングリ日和 (2) ドングリ日和 (3) ドングリ日和 (4)
2016年9月22日、会場へ向かう車のラジオが、多治見市・中津川市・恵那市・土岐市・白川町に大雨警報が発表されたと言っている。…オイオイ、美濃加茂市の木曽川の河畔でやっているワークショップは大丈夫か? 木曽川を太田橋で渡って、すぐ脇の中之島公園に到着。芝生を転がり回る‘人力ころころクリーナー’は中止と受付で聞いて、「そうだろうけどそりゃ残念だよなぁ」。‘ToPPaPo’で子どもたちが飛ばすドングリを見て「いいなぁ」。川沿いのテラスで出店している実行委員長の篠田康雄氏(「コクウ珈琲」店主)に「やぁどうも」。
 
 ドングリ日和 (5) ドングリ日和 (6) ドングリ日和 (7)
ドームテント内でやっている‘川の家をつくろう’を見て、小さな川の家「オレも作ろうっと」。テラスに戻り、クラフトワークに励む子どもたちを見ながら、石徹白からやってきた「IROIRO ITOSHIRO」のズッキーニのペンネとフルーツほおずきのソーダで昼飯。ペンネは煎った鞍掛豆のトッピングが効いて好い。フルーツほおずきは、そのまま食べてもウマいな。
 
 ドングリ日和 (8) ドングリ日和 (9) ドングリ日和 (10)
雨が小降りになったので、会場付近を独り探検。上流側へ進むと、ドングリ拾いたい放題。森のトレイルを遊びながら歩き抜けて、新太田橋の下を潜って、眼前に広がる今渡ダムの放水を眺める。戻って会場を通り抜け、脇の水神の碑を見ながら、下流側へ進む。太田橋の下を潜って、化石林公園へ。「木曽のかけはし、太田の渡し、碓氷峠がなくばよい」と中山道の難所だった太田の渡しの渡船場跡を見て…ん? その先は靴が泥で埋まる難所だ!
 
 ドングリ日和 (11) ドングリ日和 (12) ドングリ日和 (13)
今日は上の休憩所から景色を眺めてヨシとしよう。会場へ戻って、おやつの時間。郡上八幡からやってきた「Petit Paris」のガレット・ブルトンをお供に「コクウ珈琲」のコクウブレンドを飲む。雨はほとんど止んでいるが、ウクレレを奏でながら歌うtomoyoさんの「濁流を背に歌えて…楽しいです」に笑う。催事の終了が迫って、談話していた方々に「じゃあね」。…と、帰途にまたドシャ降り。
 
 ドングリ日和 (14) ドングリ日和 (15)
《雨にも負けず、ワークショップきそがわびより》、晴れていた方が予定通りの催事で賑わっただろうし、美しい木曽川の景観も楽しめただろう。だが、渦巻く濁流の木曽川も私には面白かった…ドングリ日和でもあったしなぁ。美濃加茂の中之島公園、「ライン下り」は無くなったが、「きそがわ日和」があるじゃないか。自宅に帰った夜、「Petit Paris」の焼き菓子を食べながら、拾ったドングリで遊んで「ドングリ日和」を終えた。
 
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ツマラナイ回転

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2016年09月18日 23時30分]
エッセイ「ジブン的コーヒー史三つの時代。」(全日本コーヒー協会広報誌『Coffee Break』Vol.83 2015年8月)で、しりあがり寿は「憧れの時代」と「主食の時代」と「健康の時代」の3つの時代を挙げていた。「健康の時代」なんてのは‘全協’に媚び過ぎだし、別の‘スタバ’本でコーヒーに合う本を紹介する稿でも、《スターバックスの空間ってとても落ち着くから、そこでいろんなことを考えてもいいよね》(エイムック『スターバックス大解剖』 枻出版社 2007年)とか臆面もなく言っていた。いや、しりあがり寿にも臆面はあるんだろうけれど、そこを取り繕うことも面倒臭いんだろうな、たぶん。《だけどホントは「主食の時代」に友達とだべりながら飲んだ自動販売機のカフェオレこそが、ボクにとっては大切な「珈琲」だったのかもしれないなー》(前掲 広報誌)とか、《水木しげるさんの『怪奇死人帳』とか、小栗虫太郎の『魔境』とか、幻想的、怪奇的な作品をコーヒーが引き立てると思うんだ》(前掲 エイムック)とか、ナルホドと思えるから好いのだけれども…。そして、しりあがり寿の展覧会が巡回、いや、回転して来たから、そこでいろんなことを考えてもいいよね…
 ツマラナイ回転 (1)
 
「しりあがり寿の現代美術 回・転・展」 (刈谷市美術館)
 
 ツマラナイ回転 (2) ツマラナイ回転 (3) ツマラナイ回転 (4)
刈谷市美術館で催される「回・転・展」の初日、入場してみるとロビーのあちこちで大きな赤いネジが早くも回転していた。
 
 ツマラナイ回転 (5) ツマラナイ回転 (6) ツマラナイ回転 (7)
マンガの原画はどれも回転していなかったが、「非劇のプリマ」(作:しりあがり寿/画:西家ひばり 1985年)はコマの中で回転していた、シェー! 作品名が「悲劇のプリマ」と表示されている、シェー! そして、「弥次喜多 in DEEP」(1997年)…
 
 《どん詰まりの中で、どう、どん詰まるか、突き抜けるかっていうのをすごく一
  生懸命やったマンガな感じがして、好きなんですよ。どん詰まり感と始まり
  感、両方あるなって感じですね。(略)いいところはやがて回ってくるはずな
  んです。それをスムーズに回させればいい。》 (夏目房之介/アエラムック
  AERA COMIC 『ニッポンのマンガ』 朝日新聞社:刊 2006年)
 
例えば、みうらじゅんの作品はクダラナイが、しりあがり寿の作品はツマラナイ。どん詰まらないで再び始まって《やがて回ってくる》、つまりツマラナイ回転なのだ。墨絵のインスタレーション「崩」もツマラナイし、「回るヤカン」も「回転派のアトリエ」も「まわる歴史」も「まわる白昼夢」も「回転体は行進するダルマの夢を視る」も皆ツマラナイ回転だ。 ♪ 回転は強いぞ すごいんだぞー ヨッホヨッホホ そりゃいくぞー ♪
 
 ツマラナイ回転 (8) ツマラナイ回転 (9) ツマラナイ回転 (10)
「弥次喜多 in 刈谷」の終結部を墨絵で描きながらのトークを楽しんで…しりあがり寿がロビーの奥で障子にマンガを描(か)いてんだ。あ、こうしちゃおれん! 途中で映像作品の「ゆるめ~しょん」と「回転道場」を観にいって笑い転げる。短編映画「回転道場」は傑作だ。公開制作の見物に戻れば、芋川うどんの‘ひらべってぇ’世界がメビウスの帯になってストーリーは完結、いや、回転した。「愛はウラオモテ」と名付けていたが、「会い(逢い・遇い)はウラオモテ」でもあるだろう。
 
 ツマラナイ回転 (11) ツマラナイ回転 (12) ツマラナイ回転 (13)
美術館併設の茶室‘佐喜知庵’で、ぐるぐる回転するエビフライの小間を観る。館に戻って、巨大で黒い作品「ピリオド」のツマラナイ回転をもう一度観る…
 
 《マルセル・デュシャンはほぼ100年前、男性用小便器を「泉」と題して美術
  館に展示し、「芸術」や「創作」の意味をアイロニカルに問うた。ひょっとす
  ると、今作はデュシャンへのオマージュか。(略)会場の最後に、真っ暗な
  部屋があった。地面に碁石形の巨大な黒い物体があり、じわじわと回って
  いる。タイトルは「ピリオド」。「この作品が一番、気に入ってるんだよね」。
  頻発するテロや停滞する経済──。社会は混迷し、行き詰まっている。
  「でもね、止まっちゃうよりはいい」。そんな思いを込めた。》 (「世の停滞
  感、くるくる回す 現代美術で初の大規模個展」 佐々木宇蘭:文/『日本
  経済新聞』夕刊 2016年8月3日)
 《デュシャンとか赤瀬川原平とか赤塚不二夫とか皆スキ。バカダダとか宣言
  したい。ダダとかよくわからないけど。》 (しりあがり寿/「Twitter」 2016
  年7月6日)
 
しりあがり寿がバカダダ宣言するのはケッコウだが、日本経済新聞の紹介はバカだな。「回・転・展」にマルセル・デュシャンを引例するならば、「泉」よりも「アネミック・シネマ」(Anémic Cinéma)の方が相応しいだろうに。そういえば、赤瀬川源平も《黒褐色のコーヒー宇宙》に《白いミルクが何本も尾を引きながら、くるくる回転して渦巻きギャラクシーを形成》する様に執心していたな。刈谷市美術館を出て、西尾の「フレーバーコーヒー」へ遊びに行った。これで「回・転・展」の面白くてツマラナイ回転にピリオドを打ったことになるのか?──《でもね、止まっちゃうよりはいい》。
 
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再発見のコク 後篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2016 [2016年09月14日 01時00分]
コーヒーの世界を再び発見する者は、‘フラヌール’(flaneur:風来人)なのか? そこにコクはあるのか? 日本コーヒー文化学会(JCS)の焙煎抽出委員会による分科会催事、その集会に参加してコーヒーの世界にコクの‘再発見’(rediscovery)を求めて遊ぶ、つまり「再発見のコク」…
 
【集会当日のコク】 2016年9月11日
 
東禅寺の門前に立ち寄ったのは前日のことだった。栄力丸の漂流者の一人で後にイギリス公使ラザフォード・オールコックの通訳となった伝吉は、1860年1月に東禅寺の門前で刺殺された。伝吉が死んだ7ヵ月余の後となる同年9月11日、外国人として初めて富士山に登頂した者がいた。イギリス公使のオールコックだった。彼は登山の途に山小屋で目覚めのコーヒーを淹れて飲んだ。富士山で初めてコーヒーを飲んだ者も、オールコックだろう。その156年後の同月同日、宿の部屋で目覚めのコーヒーをネルドリップで淹れてから、窓を開けて外を覗った。雨が降っていた。隅田川沿いを走るのはやめておこう。ベッドに腰かけて濃厚なマンデリンのコクを味わいながら、これを富士山で喫したならばどんな味がするのだろうか、と考えているうちに雨が止んだ。
 
定宿の「ほていや」を出て、隣の「café Bach」(カフェ・バッハ)へ入った。まだ開店したばかりだったが、店は早くも賑わっていた。そこで待ち伏せにあった。「来ると思っていました」という藤田俊樹と差し向かいに座って、バッハブレンドとバタートーストを注文した。新聞を読みながら藤田と雑談を交わし、自宅へ土産に持ち帰る焼き菓子を買ってから2人で店を出た。南千住駅まで歩き、地上を走る地下鉄で北千住駅までいって、藤田と一旦別れた。北千住の商店街には提灯が飾られていて、脇道の奥には神輿を囲んで歩く群集が見えた。千住の空気にもコクがある、そう感じられて嬉しくなった。早い昼飯を食べようと思っていた蕎麦屋は、祭りの影響だろうか開店が遅れていたのであきらめた。どこかでバスに乗ろうと思いながら日光街道を歩いたが、千住新橋で荒川も越えてしまったので、そのまま催事の会場まで歩いた。
 
会場である富士珈機の東京支店セミナールームに着いた。他の参加者が集まるまでの時間、新開発の抽出道具である「ねるっこ」や大坊勝次に強請られた手廻し焙煎機の試作品などを福島達男社長に見せてもらいながら過ごした。見知った顔ぶれに初めて見る顔も混じって参加者が揃った昼過ぎ、日本コーヒー文化学会の焙煎抽出委員会の催事が始まった。この場所で開かれるのは4度目だ。今回のテーマは「コーヒーとコク」。まず、山内秀文委員長のオリエンテーションとプレゼンテーションから。山内のコクに関する発表は事前に予測した範疇に収まり、新たな知見は得られなかった。つまり、コーヒーのコクの正体は幽霊のようなもの、ということだろう。次に、パナマのママカタ農園とケニアのマサイAA、2種類の生豆を使ってディスカバリー焙煎機の実技へ移った。試飲の抽出は「ねるっこ」が使われた。他の参加者へ焙煎の助言や試飲の感想を述べて過ごした。松下和義に松屋式の抽出も勧めた。「ねるっこ」よりも角がなくて甘い味がした。大坊勝次は相変わらず30分を超える焙煎をした。「ねるっこ」の抽出を途中で止めて濃く飲みたいという大坊を叱ったが、コーヒーの味は好かった。コーヒーの香気成分とコクの関連を山崎将司に訊ねたが、明確な答えは見つかっていないようだった。やはり、コーヒーのコクの正体は幽霊のようなもの、ということだろう。いや、この午後の3時間半に及んだ催事の賑々しい雰囲気が、コーヒーのコクなのかもしれない、と感じた。閉会後、談議を続けながら皆で梅島駅まで歩いて地下鉄で移動して外苑前駅で降り、懇親会の会場である「Gentle Belief」(ジェントル・ビリーフ)へ行った。浅野嘉之らが次々と出す食事とビールを立食で味わいながら、懇親会の参加者とコーヒーの談議を延々と続けた。別れを告げて、帰途に着いた。
 
 再発見のコク (2)
コーヒーのコクの実相は味わう人間の交流にあるのかもしれない、そう想えるほどに集会の当日に出会った話題にもコクがあった。「もう帰らなくては」と言いながらも宴を去り難いのは、話のコクが深すぎてキレが悪くなったのか。そう想い返して、新幹線の車窓から東京の夜景を眺めながら笑った。コーヒーの世界にコクの‘再発見’を求める遊び歩きは終わらない…だから面白い。
 
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再発見のコク 前篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2016 [2016年09月13日 01時00分]
コーヒーの世界を再び発見する者は、‘フラヌール’(flaneur:風来人)なのか? そこにコクはあるのか? 日本コーヒー文化学会(JCS)の焙煎抽出委員会による分科会催事、その集会に参加するべく東京へ。コーヒーの世界にコクの‘再発見’(rediscovery)を求めて遊び歩く、つまり「再発見のコク」…
 
【集会前日のコク】 2016年9月10日
 
デジタルカメラを自宅に忘れてきたことは新幹線の車中で気がついたが、品川駅で降りる頃には悔いよりも気楽を感じた。いつも通りにコーヒーの道具を一揃い入れた荷は重かったが、高輪口からの足取りは軽かった。第一京浜から桂坂へ上る途中、東禅寺の門前で立ち止まって「最初のイギリス公使宿館跡」と記された碑を見た。幕末に栄力丸の漂流者が遺した「徳兵衛咄之趣」をコーヒー史料として4ヵ月ほど前に追究したが、その漂流者の一人である伝吉はイギリス総領事ラザフォード・オールコックの通訳として帰国し、翌年にこの東禅寺の門前で刺殺された。156年前の殺人現場を眺めながら、伝吉は死ぬまでに何杯のコーヒーを飲んだのだろうか、と考えた。桂坂を上がって、伊皿子坂と魚籃坂がつながる坂上へと歩いた。その交差点の手前にある「松島屋」で豆大福を全部で15個ばかり買い求めた。伊皿子坂を下って、泉岳寺駅から浅草駅まで地下鉄に乗り、循環バスに乗り換えて東浅草二丁目の停留所で降りた。山谷の空気は高輪よりもコクがある、そう感じられて嬉しくなった。
 
定宿の「ほていや」に荷を預けて、隣の「café Bach」(カフェ・バッハ)へ入った。まだ朝といってよい時間帯だったが、店は相変わらず賑わっていた。注文したペルーを新聞を読みながら待っていると「モンブランができあがりました」の声、すぐに反応して追加で注文した。コーヒーとケーキが出てくる前に、ママ(田口文子)が出てきて差し向かいに座った。店の遅い夏休み中にママはモンゴルへ旅して、帰ってきたばかりだった。運ばれてきたコーヒーとケーキと一緒に、泊まったゲルや食べた包子(パオズ)などママの旅の土産話、そのコクを味わった。「明日も寄るよ」と言い置いて店を出て、セミナー開催中のトレーニングセンターへ入り込んだ。マスター(田口護)の午前中の講義が終るのを待って、煙草を吸いながら雑談した。「松島屋」の豆大福と自分で焼いたイエメンモカとブラジリアンモカとマウイモカをブレンドしたモカ100%のモカブレンドのコーヒー豆を番頭の中川文彦に渡して、しばらく談笑した。南千住駅まで歩き、地下鉄で六本木へ向かった。「ルーヴル美術館特別展 LOUVRE No.9 漫画、9番目の芸術」を覘くつもりだったが、入場待ちの長蛇の列を見てあきらめた。土曜日の昼過ぎの六本木ヒルズ、その人混みはコクを超えて過酷だった。
 
青山霊園を歩いて通り抜けて、「Gentle Belief」(ジェントル・ビリーフ)へ行った。集会前日に寄るかもしれないと予想されていたような浅野嘉之の笑顔に迎えられ、モカ100%のモカブレンドを渡した。クリームソースのパスタとアイスクリームとイタリアンブレンドで腹を満たし、続いて出されたケニアとコロンビアと共にコーヒーの談議を長々と堪能した。「では、また明日」と言い置いて店を出て、地下鉄で移動して代々木公園駅で降りた。この後に大坊勝次の自宅を訪ねる予定だが、まだ約束の時刻には早かったので公園を散歩することにした。陽が傾いて暑さが和らいだからだろう、中央広場の周りは多くのランナーが駆けていた。その力量や走歴をあれこれと想像しながらのんびりと、だが湿気のせいか汗ばみながら、園内を歩いた。
 
日暮れた薄闇の中を歩いて、大坊夫妻の住むマンションを訪ねた。前回から462日振りで3度目の訪問となった。コーヒールームへ通されてから、2種類のコーヒー豆と「松島屋」の包みをテーブルに取り出した。大坊夫妻に包みの中身を訊ねられたが、「片岡義男さんの新刊は届きましたか」と訊ね返した。「今日届いたけれど、まだ開けていない」と恵子夫人が答えた。思惑通りだ。「以前に雑誌の企画で大坊さんと片岡さんが対談された時、大坊珈琲店を舞台にした話をもう一度書くと片岡さんが言ってましたね。その本は5つの短編で構成されていますが、最後の話の舞台は大坊珈琲店です。そして、その本のタイトルは『豆大福と珈琲』です。だから、豆大福とコーヒーを持ってきました」と種明かしをした。その悪戯な手土産に大坊夫妻は笑った。渡したモカ100%のモカブレンドとオーストラリア、それに続けて大坊勝次のブレンド、3つのコーヒーを大坊勝次が淹れ、3人で味わい比べた。リビングに移って、酒宴となった。キレのある日本酒を飲み、コクのある秋刀魚などの肴を食べ、さらに新米の飯と汁も出してもらった。おもたせで味わった豆大福は、甘さが遠くてコクも薄いが塩が効いていて締めの菓子には好ましかった。この間に大坊夫妻との談笑は数秒たりとも途切れず、気がつけば5時間半も話し込んでいた。「では、また明日」と言い置いて大坊宅を辞し、代々木八幡から南千住まで終電を乗り継いで、宿の「ほていや」へ帰った。
 
 再発見のコク (1)
コーヒーのコクの実相は味わう人間の交流にあるのかもしれない、そう想えるほどに集会の前日に出会った種々の《咄之趣》(はなしのおもむき)にこそコクがあった。けれども、コーヒーの世界にコクの‘再発見’を求める遊び歩きは終わらない…
 
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後妻打ち

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記:映面 [2016年09月10日 01時30分]
『黒い家』(1999年)の菰田幸子、『ふくろう』(2004年)のユミエ、『後妻業の女』(2016年)の武内小夜子、3つの映画に登場した女はサイコパスであり、実は同一人物である。
 後妻打ち (1) 後妻打ち (2) 後妻打ち (3)
 
 《サイコパスは社会の捕食者であり、生涯を通じて他人を魅惑し、操り、情け
  容赦なくわが道だけをいき、心を引き裂かれた人や、期待を打ち砕かれた
  人や、からになった財布をあとにのこしていく。良心とか他人に対する思い
  やりにまったく欠けている彼らは、罪悪感も後悔の念もなく社会の規範を犯
  し、人の期待を裏切り、自分勝手にほしいものを取り、好きなようにふるまう。》
 《もっともドラマティックなのは、一般の人たちに嫌悪感を与えると同時に彼ら
  を魅了してしまう、良心のかけらもない冷血な殺人犯たちだ。彼らの多くは、
  映画の題材としてもとりあげられている。》 (ロバート・D・ヘア 『診断名サイ
  コパス -身近にひそむ異常人格者たち-』 小林宏明:訳 早川書房:刊)
 
サイコパスの女に魅入られて《映画の題材としてもとりあげ》た映画監督たちは、森田芳光が2011年に死に、新藤兼人が2012年に死んだ。『後妻業の女』で殺された津川雅彦と同い年の鶴橋康夫は存命だが、これも時間の問題だろう。大竹しのぶは、サイコパスである──まあいいか。
 
『後妻業の女』 観賞後記
  
 後妻打ち (4)
 《“平成の毒婦”と呼ばれる女が3人いる。結婚相談所や婚活サイトを舞台に
  複数の男性が所有する資産を狙った筧千佐子と木嶋佳苗。そして、いくつも
  の家族を巻き込んだ連続殺人事件の主犯とされる角田美代子である。(略)
  そこで連想するのが心理学でいう“サイコパス”である。一般的には反社会
  的人格障害者と訳されることが多く、良心がいちじるしく欠如しているとか、
  口が達者で平然とウソをつく、罪悪感が皆無といった特徴が挙げられる。
  (略)筧被告の事件から連想するのが、昨年8月に出版された『後妻業』とい
  うセンセーショナルな犯罪小説だ。著者は直木賞作家の黒川博行氏。知人
  の父親が亡くなった際、内縁の妻を名乗る女性が現れ、公正証書遺言を振
  りかざして、遺産を要求したのだという。その経緯を黒川氏はこう話す。「知
  人がその被害に遭って、相談された話をもとに書いた。そこでも9年間で高
  齢の男性が4人死んでいる。『後妻業』という言葉は、そのときに知人が使っ
  ていたものだ。入籍はしていないものの、80過ぎた爺さんに60代、50代の
  女が積極的に近づいてきたら、それはもう金目当ての可能性が高い」》
  (岡村繁雄 「平気で人を殺す女は、何を考えているか」/Webサイト
  『PRESIDENT Online』 2015年3月5日)
 
シン・ゴジラ』は「現実(ニッポン) 対 虚構(ゴジラ)」を掲げていたが、これに倣っても『後妻業の女』を「現実(木嶋佳苗・筧千佐子) 対 虚構(武内小夜子)」と捉えることはできない。何故か? 鶴橋康夫監督は《原作はハードボイルドですが、コミカルでユーモアのある作品にしようと考えて作りました》(モントリオール世界映画祭上映前挨拶/東宝Webサイト 2016年8月30日)と言う。《原作は『後妻業』ですが、原作者の黒川先生に相談して、映画は『後妻業の女』というタイトルに変更の許可を頂きました。大竹しのぶ讃歌です》(プロダクションノート/『後妻業の女』Webサイト)とも言う。クライムノベル『後妻業』がコメディ映画『後妻業の女』へと変容した時、そこに「現実(木嶋佳苗・筧千佐子) 対 現実(大竹しのぶ)」を掲げるべき映画が作り出されたのである。つまり、映画が描く内容は犯罪から離れていったが、その映画が作られた行為それ自体は犯罪に近い。『後妻業の女』は、サイコパスを描いた映画である──まあいいか。
 後妻打ち (5)
 
『後妻業の女』では豊川悦司(結婚相談所の柏木亨:役)と永瀬正敏(興信所の本多芳則:役)が頑張っているが、他の演者は誰が誰でもどうでもいい程度で「通天閣どころやない…ピサの斜塔や~」。やれ熟年婚活だの財産争いだのを‘世相’と称して《あなたの愛とお金、ねらわれてませんか?》という惹句を掲げた映画が、自ら丸ごと騙されていることに気づいていない…この実態の方が深刻である。必要なのは、後妻業を見抜くことではない。「あなたの周りにサイコパスはいませんか?」と精神病質チェックリスト(PCL-R)を示すことである。だが、サイコパスの女は半端な‘後妻打ち’(うわなりうち)では滅しない。『後妻業の女』は、ファム・ファタールを描いたつもりでサイコパスに操られた映画だった──まあいいか。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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