徐徐に奇妙な暴言

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2017年07月23日 05時30分]
昨2016年9月10日、東京で展覧会を覘きに行ったものの入場待ちの長蛇の列を見て、背を向けてしまった。だが、《見たい! 刺激される…好奇心がツンツン刺激される…どうしても 見てやりたくなるじゃあないか!》(岸辺露伴) …ドオォオォオオォ…東京・大阪・福岡と巡って名古屋へ来た…観よう!
 徐徐に奇妙な暴言 (1)
 
ルーヴル美術館特別展「ルーヴルNo.9 漫画、9番目の芸術」 (松坂屋美術館)
 
「ルーヴル美術館BDプロジェクト」の展覧会は、2009年にルーヴル美術館で企画展‘Le Louvre invite la bande dessinée’(小さなデッサン展 漫画の世界でルーヴル)が開かれた。2010年には京都と横浜で「マンガ・ミーツ・ルーヴル 美術館に迷い込んだ5人の作家たち」が催された。その本質は、漫画出版社フュチュロポリスとファブリス・ドゥアール(ルーヴル美術館文化制作局出版部副部長)との共謀で生み出されたショウビジネスである。だが、旧展から約6年を経た今般の展覧会「ルーヴルNo.9」では、そうしたBDプロジェクトの商業面はひた隠しにされていた。徐徐に奇妙だ。
 徐徐に奇妙な暴言 (2) 徐徐に奇妙な暴言 (7)
 
 《まだまだ芸術として浸透していない漫画文化を、芸術に興味のあるお客
  さんに見てもらい、逆に漫画は好きだけど古典芸術に興味のない若者
  たちが、ルーヴルに足を運ぶきっかけにもなれば》 《漫画はパラパラと
  めくってしまい、あまり絵をじっくり見る機会は少ないと思います。この
  展覧会をきっかけに芸術作品として漫画を鑑賞してほしいと思います》
  (ファブリス・ドゥアール:談/「芸術の最高峰ルーヴルが手掛けた漫画
  の展覧会!」/Webサイト『J-WAVE NEWS』 2016年8月9日)
 
ファブリス・ドゥアールは何が何でもBD(バンドデシネ≒漫画)を《芸術作品として》捉えて、その認識を他者に呑ませたいらしい。だが断る。この鳥目散帰山人が最も好きな事のひとつは自分が正しいと思ってるやつに「NO」(ノー)と断わってやる事だ。哲学芸人アラン・フィンケルクロートがBDをマイナー芸術と酷評したこと、これをファブリス・ドゥアールは展覧会図録で酷評していたが、こうした思い上がりと驕傲に溺れているドゥアールの姿勢こそ酷評されるべきだ。「ルーヴルNo.9」(ナンバーナイン)ではなくて、「ルーヴルNO足りん」(脳タリン)だ。そもそも、フランスには「アングレーム国際漫画祭」があり、サンフランシスコやブリュッセルやニューヨークやロンドンなどにも漫画の博物館や催事拠点が先んじてあり、ルーヴルなんぞに威を借りるほど漫画の世界は落ちていない。徐徐に奇妙だ。
 
 徐徐に奇妙な暴言 (3) 徐徐に奇妙な暴言 (4)
「ルーヴルNo.9」の展示は小綺麗だった。《でも漫画の原画って小さいうえに枚数が多いから、美術館での展示には向いていないんだよね。だからここでは一部しか見せておらず、ストーリーを追っていくと不満が残る》(村田真 artscapeレビュー 2016年9月18日/Webマガジン『artscape』)作品が多かったし、伊藤遊の「9つの違い 日本マンガ/バンド・デシネの特徴」も切れ味鋭いとはいえない。《好奇心がツンツン刺激される》展示は、エンキ・ビラルの「ルーヴルの亡霊たち」だけだった。畢竟するに、「ルーヴルNo.9」は何を展観させたかったのだろう? ルーヴル美術館? BDプロジェクト? 漫画? どれでもあるようでどれにも収斂しない散漫…いわば、演技や造作は頑張っているが、脚本や構造が拙劣な「9番目の芸術」展だ。徐徐に奇妙だ。
 
 徐徐に奇妙な暴言 (5) 徐徐に奇妙な暴言 (6)
松坂屋美術館で観終えて、大須まで散策。松屋コーヒー本店のカフェ・ルパンで「フローズンクリーム珈琲ぜんざい」を味わいながら、『世界まんがる記』を読み返す。曰く、《小雨に煙る、観て歩いたパリからはしかし、目新しい感激は得られなかった。以前に何度か訪れて、ふたたび観て歩いているような、そんな気持ちがした》。「ルーヴルNo.9 漫画、9番目の芸術」を観た私も、《目新しい感激は得られなかった》。著者の石森章太郎が世界旅行に出かけた頃(1963年)、フランスではBD(バンドデシネ≒漫画)を娯楽から芸術へと「正当」化する論が始まった。正当化という「不当」に気付かないまま今日に至った「9番目の芸術」がBD(バンドデシネ≒漫画)である。だが、岸辺露伴のような漫画家は「正当」に背を向けるだろう。私はそう捉える…ドオォオォオオォ…徐徐に奇妙な暴言だ。
 
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夏と修羅

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2017年07月18日 05時30分]
「尾張名古屋は城でもつ」…それゆえかそれなのにか、1959年にSRC造で再建された名古屋城の天守は怪獣によって何度も破壊される。1967年に大映のギャオスが、1992年に東宝のバトラが壊し、2019年には市長の河村たかしが壊す。許せん。だが、再建天守を最初に破壊したのはゴジラで、1964年に堀で足を滑らせた不慮による。許す。この時(映画『モスラ対ゴジラ』)のゴジラは、名古屋城の南南東に位置する名古屋テレビ塔を先に壊してから、城の北西側に回り込んで近付いた。熱田台地の上にある城下町から台地の西側へ一度下りて台地の北西端を確かめに行ったゴジラは、「ブラタモリ」名古屋編でのタモリよりも丁寧な足跡を印した。褒める。そして、そのゴジラが53年ぶりに…名古屋、上陸。
 夏と修羅 (1) 夏と修羅 (2)
 
「ゴジラ展」 (名古屋市博物館:特別展)
 
 夏と修羅 (3) 夏と修羅 (4)
この「ゴジラ展」は北海道立近代美術館(当時)の中村聖司が生み出したもので、福岡と札幌を巡ってから名古屋へ上陸した。他にも、川北紘一が監修して東京・大阪・金沢を巡った「大ゴジラ特撮展」、これを使い回した「大ゴジラ特撮王国」も横浜・広島を巡って鹿児島へ上陸している。また、「特撮のDNA」展は福島を巡って佐賀へ上陸する。山根恭平が《あのゴジラが最後の一匹とは思えない》(映画『ゴジラ』)と言っていた通り、ゴジラは同時にいくらでも存在する。富山省吾が《人間が生み出したゴジラなのに、人間が制御できない》(「怪獣王に迫る」上/『中日新聞』 2017年7月13日)と言っていた通り、特にここ4年くらいはゴジラもドサ回りに忙しい。
 
 夏と修羅 (5)
第1形態「ゴジラの誕生」…誰も見たことのない水棲生物の新種。それ以上は現物を調査しないと何にも言えません。
 夏と修羅 (6)
第2形態「これがゴジラ映画の「ものづくり」だ 『東京SOS』の特撮美術・デザイン・造形」…そう、生物です。ですから人の力で駆除することができます。同じ自然災害と区分しても、地震や台風とは違います。
 夏と修羅 (7)
第3形態「昭和~平成~ミレニアムの特美・デザイン・造形」…そもそも出世に無縁な霞ヶ関のはぐれ者、一匹狼、変わり者、オタク、問題児、鼻つまみ者、厄介者、学会の異端児、そういった人間の集まりだ。気にせず好きにやってくれ。
 夏と修羅 (8)
第4形態「ゴジラ、スクリーンの外へ ヴィジョンの広がり」…これでゴジラがこの星で最も進化した生物という事実が確定しました。
 夏と修羅 (9)
 
筆踊るデザイン画や詳細な指示が書き込まれたセット図面には思わず見入ってしまうが、展示の構成と見せ方は能が無くて楽しくもなんともない。ふ~ん、あぁそう、で終わり。つまらん。会場を熱焔と内閣総辞職ビームで破壊したくなる。もっと、声出しOK!コスプレOK!サイリウム持ちこみOK!の絶叫発声可能応援展示とか、ブッとんだ面白さを工夫して「すごい、まるで進化だ」と言わせてほしかった。
 
 夏と修羅 (10)
心象の灰色鋼から 琥珀の欠片が注ぐ時 怒りの苦さまた青さ 唾し歯軋り行き来する 俺は独りの修羅なのだ 真の言葉は失われ 雲は千切れて空を飛ぶ 歯軋り燃えて行き来する 俺は独りの修羅なのだ 新しく空に息つけば ほの白く肺は縮まり 雲の火花は降り注ぐ…「ゴジラ展」に夏と修羅をスケッチする。私は好きに観た、君らも好きに観ろ。
 
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犬山は苛刻

ジャンル:スポーツ / テーマ:ジョギング・ランニング / カテゴリ:走の記:日常編 [2017年07月17日 23時30分]
観光地である犬山市の夏は苛刻だ。2017年7月12日、犬山城の天守の鯱(しゃちほこ)が落雷で破損した。その2日後には1時間に120ミリという大雨で全市域3万605世帯7万4509人に避難指示が出された。
 犬山は苛刻 (1) 犬山は苛刻 (2)
だが、《天守の避雷針も曲がっており、市は落雷の衝撃で破損したとみている》(Web『産経ニュース』 2017年7月13日)が、実は避雷針は落雷前から曲がっていた。そして、《自動車を運転し「道路は30センチくらいまで冠水し、川のように流れていた。雨で前が全く見えなかった」と話す市役所職員の男性(34)は、それでも「避難指示は知っていたが、それほどかなと半信半疑だった」と話す》(『毎日新聞』 2017年7月15日)くらいなので、避難したのは僅か44人だった。観光地である犬山市は、避難指示の適性と効力の検証をしないで、犬山城の天守への登閣不可を解く発表を早々にした。虚偽と驕慢に満ちた犬山は苛刻だ…行ってみよう!
 
 犬山は苛刻 (3) 犬山は苛刻 (4) 犬山は苛刻 (5)
2017年7月16日、昼下がりに自宅からゆっくりと走り始める。気温が摂氏35度を超えた暑さ、コレはヤバいな。春日井市から小牧市へ旧41(県道名古屋犬山線)を北進するが、1時間弱でヘロヘロ。味岡口のコンビニに寄って、スポドリ給水と喫煙で10分休憩。再始動、道脇の土嚢を片付けている店舗や玄関を開け放って床下の泥水をかき出している民家を見ながら進む。小牧市を抜けて犬山市へ、歩きを混ぜて進む。羽黒で歩道橋へ上がり、増水した痕跡が見えない静かな五条川を眺める。炎天下をフラフラと走り歩き、県道から西へ折れて犬山の城下町(?)で10分休憩、スポドリ給水と喫煙。…ん? 本町通りに「蕎麦正まつい 新築工事」の看板を発見。
 
 犬山は苛刻 (6) 犬山は苛刻 (7) 犬山は苛刻 (8)
猿田彦神社と三光稲荷神社を抜けて犬山城の天守へ接近するが、カネを払って登閣するつもりは断じて無いので、約2時間50分(信号待ちと撮影と休憩を含む)で約18kmの遊び走りを入場門で終了。針綱神社を抜けて郷瀬川沿いの城見歩道へ回りこみ、木曽川の河畔から鯱(しゃちほこ)が天守の鯱(しゃちほこ)が破損した犬山城を見上げる。汗だくのまま周囲を散策、帰路は犬山遊園駅から名鉄電車で。
 
 犬山は苛刻 (9)
梅雨明け前でも炎天下の遊び走りは、面白いがキビしい。いや、虚偽と驕慢に満ちた犬山だからキビしかったのか? 傾き始めた陽射しで水面が煌めく木曽川と犬山城の景観を想い返しながら、夏の犬山は苛刻だと笑った。
 
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シレシレシ

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年07月15日 05時00分]
コーヒーには白白(しらじら)しくてシレシレシ話もあるし、果果(はかばか)しくてスキスキシ話もある。
 
痴れ痴れし。「一杯のコーヒーから始まる話」(『中日新聞』・『東京新聞』 考える広場 2017年7月1日)には、臼井隆一郎の他に戸田奈穂と井崎克英の言説も載っていた。
 
 《フェアトレードにも関心があります。産地国の人たちの生活を安定させる
  ために、豆の価格が多少高くなっても構わないと思います。チョコレート
  でもそうですよね。カカオ豆を採っている子どもたちがチョコを食べたこ
  とがない例もあるそうで。》 (戸田奈穂 「味と香りのとりこに」/聞き手:
  小野木昌弘)
  シレシレシ (1)
 《よく「九〇度くらいまで冷ましたお湯で入れるといい」といわれますが、あ
  れは雑味を出さないため。豆が上質なら、グラグラにわかした熱湯で入
  れた方が、コーヒーの持つおいしさが抽出されます。》 (井崎克英 「最
  高品質の豆求めて」/聞き手:出田阿生)
 
戸田奈穂が何を言いたいのか、私には知れない。カカオ豆の脂肪分の融点によって生ずる課題としての「チョコレートの南北問題」を解っていないのか? 《豆はケニアが一番好きです》とも言っていたが、紅茶を飲みながらコーヒーを栽培しているケニアの例をどう評するのか? 痴れ言だ。
井崎克英が何を言いたいのか、私には知れない。どう焼いてもどう淹れても《豆が上質なら》ば雑味は出ないとでも信じているのか? 《何といっても「たかがコーヒー」ですから》とも言っていたが、だから《グラグラにわかした熱湯で入れ》ない水出しパックも扱っているのか? 痴れ言だ。
何かを声高に伝える意企で自ら齟齬をきたすことを恥じない…「一杯のコーヒーから始まる話」は、《なぜこんなに人を引きつけるのか。そこから何が見えるのか》だけではなくて、なぜこんなに人は愚かなのかが見えてくる。痴れ痴れし。
 
好き好きし。平野太呂の「ボクと後輩」(第24回/『POPEYE』No.844 2017年8月号)には、岩野響の言説が載っていた。
 
 《最初はスパイスカレーの隠し味にコーヒーを使っていて、初めはインスタ
  ントコーヒーを使っていたんですけれど、自分で煎ったコーヒーを使った
  らもっとおいしくなったので、それでいろんなおいしいコーヒー屋さんの
  を使ってカレーに混ぜていて、そこから「あ、コーヒーって奥が深くて広
  いんだ」って思って、そこからコーヒーにこだわり始めたっていう感じで。》
  (岩野響:談/平野太呂 「ボクと後輩」第24回)
  シレシレシ (2)
 《小学6年生のとき、両親の洋服を扱うショップのオーナーさんが『コーヒー
  に興味があるなら』と小さな手回し焙煎器をくれたんです。すぐに親に
  頼んで生豆をとりよせてもらって、家で焙煎をしてみました。コーヒー豆
  の焙煎って、時間や温度で味がまったく変わるのが面白くて。そのあと、
  学校へ行けなくなった時に、本気で取り組んでみたいと思ったのが焙煎
  でした。》(岩野響:談/友光だんご 「あえて高校に行かず15歳で「コー
  ヒーショップ」を構えた少年」/Webサイト「ジモコロ」 イーアイデム 20
  17年5月1日)
 
「HORIZON LABO」(ホライズンラボ)の岩野響については、今2017年春の開業後に知名となって大坊勝次と接点があることでも興味を抱いたが、若年やアスペルガー障害をもって巷間が騒ぎたてることには魅かれなかった。
だが、《スパイスカレーの隠し味にコーヒーを使っていて》そこから《コーヒーにこだわり始めたっていう感じ》という、今般の「ボクと後輩」で岩野響が語った話は付き付きしくて実に面白い。「たかがコーヒー」との出逢いは、こうであってほしいし、こうじゃなければいけませんよ、ええ。好き好きし。
 
何かを声高に伝える意企で自ら齟齬をきたすこと、それはよくある話だ。それを廉恥とするか破廉恥とするか…コーヒーにはバカバカしくてシレシレシ話もあるし、オモシロくてスキスキシ話もある。
 
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ブラナゴヤ2

ジャンル:スポーツ / テーマ:ジョギング・ランニング / カテゴリ:走の記:日常編 [2017年07月10日 05時30分]
みのかも文化の森」で特集展示「身体を使って美術する -美濃加茂市民ミュージアムの彫刻-」を2017年7月7日に観た。森の小径を散歩しながら歌う。
 ブラナゴヤ2 (1) ブラナゴヤ2 (2) ブラナゴヤ2 (3)
 ♪ ハロー ハロー お元気? 今夜 なにしてるの?
  TVなんか 見てないで どこかへ 一緒に行こう ♪
 
 ブラナゴヤ2 (4) ブラナゴヤ2 (5) ブラナゴヤ2 (6)
そうだ! また、ナゴヤの街へ走り、街を歩こう。ブラナゴヤだ! 2017年7月9日、昼過ぎに自宅から走る。曇天だが蒸し風呂のような暑さだ。…ん! 水分橋のたもとに堀川の起点となる庄内用水頭首工だ。「ブラタモリ」名古屋編2回目(2017年6月17日放送)で案内人の山村亜希は、《この堀川ですけど、今でも管理している部局は名古屋港》と言っていた。だが、開削された運河として堀川が名古屋港管理組合の管理下にあるのは下流側の名古屋城脇の朝日橋まで。そこから上流側は名古屋市(2007年まで愛知県)が管理する一級河川である。今般は、堀川の源流(?)から川沿いにブラナゴヤ。まず、庄内川左岸脇にある堀川の‘長七たたき’(人造石工法)による庄内用水元杁樋門を見る。
 
 ブラナゴヤ2 (7) ブラナゴヤ2 (8) ブラナゴヤ2 (9)
矢田川の土手へ出て、堀川が船舶を通せる‘長七たたき’の地下水路で矢田川を伏越した往時を幻視しながら、三階橋を渡る。…ん! 西へ流れる庄内用水と分岐した直後に堀川の黒川樋門だ。黒川治愿によって御用水(辻村用水)と並行して開削された、その黒川と別称される堀川を眺めながら御用水跡街園を走る。続いて進むは志賀橋下から田幡橋下までの遊歩道、カモにサギにウに川面の鳥を眺めながら走り、街中の別世界を私が独り占め。
 
 ブラナゴヤ2 (10) ブラナゴヤ2 (11) ブラナゴヤ2 (12)
城北橋のある名城公園の端まで来たが、tonarino(トナリノ/2017年4月開設)を無視して進む。…ん! 堀川沿いに進んできて初めて見えた名古屋城の天守だ。熱田台地と名古屋城域の北西端で西から南へ曲がり進んで、鷹匠橋のたもとからも名古屋城天守を眺める。この鉄骨鉄筋コンクリート構造の天守こそ文化財として遺すべきであり、バカな河村たかし市長が唱える安易な木造化復元は実力を持って阻止されねばならない。
 
 ブラナゴヤ2 (13) ブラナゴヤ2 (14) ブラナゴヤ2 (15)
名古屋城の西の丸の南西端近く、朝日橋が架かる堀川の堀留跡まで来た。「ブラタモリが無視した朝日橋までの上流の道程も面白かったな」と笑いながら、喫煙と給水で15分休憩。再始動して名古屋港の一部(?)である堀川沿いを南下、円頓寺商店街の東端近くへ進む。…ん! 川の水の塩分濃度を計って《この企画はダメですね》とタモリが言っていた「ブラタモリ」のロケ地になった五条橋だ。ここから四間道を走り抜け、約11.5kmを約2時間(信号待ちと撮影と休憩を含む)の‘街走り’を桜橋で終了。
 
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桜橋から東へ‘街歩き’。「ブラタモリ」名古屋編1回目(2017年6月10日放送)で案内人の木村有作が《東西南北全部の通りに町家の入り口が面している》と説いていた碁盤割の町を散策。教授寺の敷地に河村瑞賢宅跡の案内、《…また尾張藩に招かれてこの地に住み、御用水や堀川等の水行の便について意見を述べたといわれる》(名古屋市教育委員会)とある。その伝に信憑を置けるか否かは判ぜられないが、名古屋の町の歴史は家康死後でも知るべきところはある。特に堀川、川を下れば時代を遡り、時代を下るに川を遡るところが面白い。そう想い返しながら、「そばいち」で二八蕎麦の冷かけを食べ、地下鉄の久屋大通駅で‘街歩き’を終了。帰路は地下鉄と名鉄電車で。
 
 ♪ 未来の あなたに 幸せを 贈る
  記憶と 想い出を 花束に 添えて
  ひとときの 夢を 瞬いて みせて ♪
 
街へ走り街を歩くブラナゴヤ、今般も面白かった。次のブラナゴヤはどこへ行こう?
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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