不愉快は缶コーヒーの中に

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2012 [2012年05月15日 01時00分]
缶コーヒーは、不可解な飲み物である。コーヒーなのか?清涼飲料なのか?訊ねるべき
「日本コーヒー飲料協会」は、全日本コーヒー協会や全日本コーヒー商工組合連合会には
属さず、全国清涼飲料工業会にも属していないが同会と所在同一…この曖昧この漠然。
  《…いつでもどこでも手軽に飲める缶コーヒー。それを高度な技術革新が開発した
   自動販売機で、まるで気を使わずに買って飲む。だが、そこには最高のコーヒー豆
   を使った、最新の技術を駆使して製造したレギュラー・コーヒー、グルメ・コーヒーの
   粋がパックされている。つまり缶コーヒーは、徹底した簡便さを追求する指向性と、
   他方において味覚の高度化と多様化を求める指向性、これら相矛盾する二つの
   要求に同時に応えようとする商品なのだといえるであろう。》 (高田公理「缶コーヒー
   文化論」/『コーヒーという文化 ―国際コーヒー文化会議からの報告―』/1994年)
そう、缶コーヒーは矛盾に満ちた存在である。その不可解が満載の缶コーヒー本が出現?
 
『成功は缶コーヒーの中に』 (谷田利景:著/プレジデント社:刊)
 
  不愉快は缶コーヒーの中に  不愉快は缶コーヒーの中に (1)
本書の著者、谷田氏はポッカコーポレーション創業者、‘顔缶’といわれるポッカ缶コーヒー
の生みの親であるが、まず書名からして不可解。本書刊行の約1年前、昨2011年春に
『成功する人は缶コーヒーを飲まない』(姫野友美:著/講談社プラスアルファ新書)という
本も出ている。「成功する人は缶コーヒーを飲まない」が「成功は缶コーヒーの中にある」…
どちらが本当か?缶コーヒーを作ると成功するが、それを飲むと失敗するのであろうか?
『成功は缶コーヒーの中に』で谷田氏は、《起業するなら「株式上場」を果たせ!》(p.44)と
言っているが、1985年名証2部に1988年東証1部に上場したポッカコーポレーションは
2005年にMBO(マネジメント・バイアウト)で非上場となっているし、今やサッポログループ
に事実上吸収されている。非上場もサッポロ傘下も、本書では一言も触れられていない。
都合の悪い話は避けて、創業者の「成功は過去の中に」だけある?…不可解である(笑)。
 
  不愉快は缶コーヒーの中に (2)  不愉快は缶コーヒーの中に (3)
本書の著者略歴には、《世界で初めて「缶入りコーヒー」および「冷温兼用の自動販売機」
を世に送り出す》、と記されている。缶コーヒーの歴史を顧みるに、その序開がChase &
Sanborn Coffee(1876年)か、外山食品「ダイヤモンドコーヒー」(1958年)か、三浦
義武「ミラコーヒー」(1965年)か、現況では不明不詳である。だが、商業ベースの量産品
では、「UCC上島珈琲が、缶コーヒーを世界で初めて開発・製造・販売した」と推認される。
  《ある日、忠雄は駅のホームで飲みかけていたビン入りのコーヒー牛乳をあわてて
   売店に戻した。電車の出発ベルが鳴り始めたからだった。「もったいないことをした」
   という思いとともにあるヒントが頭に浮かんだ。缶入り飲料にすれば車内にも持ち込
   めるからむだなことをせずに済む。そして世界で初めて、缶入りのコーヒーを開発
   するプロジェクトがスタートした。製品化までの道のりは苦難の連続だった。夜通し
   文献を読み漁りながら実験を繰り返し、一つひとつハードルを乗り越えていった。
   当時普及しつつあった人口甘味料は使わず、砂糖とミルクの配合で風味にこだわっ
   た。そして1969(昭和44)年4月、ついに世界初の缶コーヒーができあがった。》
   (「世界初の缶コーヒーの誕生」<「日本のコーヒーの父」/UCC上島珈琲Webサイト)
これに対して、「UCCの缶コーヒーは分類上で乳飲料に該当し、コーヒー規格の初製品は
ポッカによる」という異論もあるが、これには首肯できない。 この規格が「コーヒー飲料等
の表示に関する公正競争規約」で認定されたのは1977年であり、ポッカが缶コーヒーを
発売した1972年の5年後にあたる。後付けの規約を適用して「世界初の缶入りコーヒー」
を谷田氏の栄誉とすることには無理があり不承である。本書『成功は缶コーヒーの中に』の
著者略歴に記された《世界で初めて…》という前口上は不適切な誇張であり、虚言である。
 
  不愉快は缶コーヒーの中に (4)
『成功は缶コーヒーの中に』、本書の中で最も刮目に値する谷田氏の証言は以下の部分。
  《昭和四五年(一九七〇年)のことだ。その日、私は大阪へ出張した。いつもなら新幹
   線を利用するところだが、当日は名神高速道路がどんなものかを確かめたくて社用
   車で向かった。ドライブ途中で、運転手が「コーヒーを飲ませてほしい」といったので、
   養老サービスエリアで車を止めて、コーヒーを飲み、三〇分後に再び車に戻った。
   そのとき私は、ずいぶん時間を無駄にしたと思った。(車のなかで温かいコーヒーが
   飲めたら、時間が節約できたのに)そのとき、温かいコーヒーを缶入りにして自販機
   で売ることを考え、やがて実現にこぎつけるのだが…》(p.p.91-92)
  《「夏だけでなく冬も売れる飲料はないか」と私が缶コーヒーの開発を発想するのは、
   …昭和四四年(一九六九年)の冬である。》(p.200)
谷田氏が缶コーヒーの着想を得たのは、1969年?1970年?矛盾はこれで終わらない。
  《「車の中でも手軽に飲めるコーヒーがあれば…」創業者の谷田利景が開通したばかり
   の名神高速道路を走行中、ふと思いついたこのひとことをきっかけに誕生した「ポッ
   カコーヒー」。》 (「190g缶コーヒーのパイオニア」<「事業案内」/ポッカWebサイト)
  《ポッカは、昭和32年にレモン果汁飲料の製造販売からスタートした。創業から12年
   ほど経ったある時、創業者の谷田利景さん(現・相談役)が、開通したばかりの名神
   高速道路を走行中に、運転手が眠気覚ましに養老サービスエリアでコーヒーを飲もう
   とした。ところが店は混んでいて、注文してからコーヒーが出てくるまでに相当な時間
   がかかってしまった。その時、谷田さんはひらめいた。「コーヒーを缶に詰めれば、ど
   こでも気軽に飲めて非常に便利になる」。》 (「愛知ブランド企業の舞台裏」<「もの
   づくり王国・愛知」/愛知県産業労働部「愛知ブランド」Webサイト)
「開通したばかり」…名神高速道路(中央自動車道西宮線)の養老サービスエリアを含む
区間が開通したのは、1964(昭和39)年9月6日である。缶コーヒー着想はこの直後か?
否それはありえない。当時、養老サービスエリアでコーヒーを飲むことは不可能、なぜなら
売店の営業開始は1965(昭和40)年7月3日、名神高速道路全線開通の2日後だから。
温かいコーヒーを飲みたくなる冬季に、全線「開通したばかり」の名神高速道路を使用して
谷田氏が大阪へ出張したのであれば、それは1965年の冬ということになる。だが、本書
の述懐では、「どんなものかを確かめたくて」通ったのは1969年〜1970年の冬だという。
実に開通4年後である。どちらが本当か?…ポッカが缶コーヒーを発売したのは1972年、
翌1973年にサンデンと共同開発した冷温切り替え可能の飲料自動販売機で販売開始、
《その第一号機を設置した場所は、いうまでもなく、発想するきっかけを得た養老サービス
エリアだった。》(p.201)という。…奇聞に感じられる逸話に、ある疑念を抱かざるを得ない。
冷温切り替え可能の缶コーヒー自動販売機の第1号機を設置した養老サービスエリアから
遡って、そこを着想の地と偽装したのではないか?その時期が矛盾を孕んだまま、過去へ
過去へと遡りがちとなるは、UCCの1969(昭和44)年4月「世界初の缶コーヒー」開発に
先んずる着想と思わせたいからではないのか?UCC上島忠雄氏が鉄道で発想した頃に、
ポッカ谷田利景氏は高速道路で着想した、という潜在した対抗心で潤色が交えられたか?
谷田氏の缶コーヒー着想話は矛盾に満ち、整合を欠いた記述に錯誤以上の邪心が覗く。
 
「成功は過去の中に」だけある缶コーヒー話、その過去も不可解が満載の缶コーヒー本…
コーヒーを真に愛好していない者のコーヒーか、そう、缶コーヒーは不愉快な存在である。
 
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森の中の林

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記 [2012年05月13日 22時30分]
スクリーンの中にスクリーンがある映画、映画の中で映画を描く作品をこれまで数多く観た。
そこには映画に対する作った者の愛着が感じられると同時に、映し出される2重の構造、
一種の「入れ籠(こ)」構造が独特の雰囲気を醸し出し、観賞する者が奇妙な気分になる。
だが今般は、観賞している映画の周囲の空間自体が映画に融け込み、「映画を映し出す
映画を映し出す映画」のような世界、3重の「入れ籠」を感じる…森の中で林の映画を観た。
  森の中の林  森の中の林 (1)
 
『夢みるように眠りたい』 きそがわ日和2012 春 ‘Sound on Film in Night Museum’
観賞後記
 
2012年5月12日、映画に生演奏の音をつけて上映する催事を観聴きに行く。サイレント
っぽい(一部SEや曲など音を発する)モノクロ映画を野外上映し、観客席のすぐ横でクラリ
ネットやフルートやギターやキーボードやパーカッションを奏で声も歌い弁ずるという趣向。
渡邊崇プロデューサーの「サウンド・オン・フィルム」、探偵映画ばかり撮る林海象の監督
デビュー作の1986年映画、主催は「きそがわ日和実行委員会」(委員長はコクウ珈琲店
の篠田康雄氏)、会場は「みのかも文化の森」まゆの家の庭…森の中で林の映画を観た。
 
  森の中の林 (3)
本作『夢みるように眠りたい』は初見、観賞前は大正浪漫と昭和慕情が厭らしく漂い出た、
或いは奇を衒った前衛試行が鬱陶しく感じられる、そうした観苦しい風合いを覚悟したが、
実際に観てみれば予感は好い方へ大きくハズれ、実に素直で単純な娯楽作品であった。
探偵・魚塚役で本作が初主演映画となった佐野史郎も好いが、助手・小林役の大竹浩二
がさらに好い。謎の一味が「M・パテー商会」という名乗りには笑わされたが、深い遊びだ。
時をヨミ間違えた不思議映画を上映するに、催事そのものも日暮れる時をヨミ間違えて
開演を遅らせる失態はいただけなかったが、季節外れの冷え込みに耐えての生音演奏、
これが次第に違和感なく映像に融け込んでいく様はスバラシイ時のヨミ間違いであった。
吹き抜ける風に揺れていた会場を囲み立つ木木が、映画のクライマックス、すなわち映画
の中の映画のクライマックスとなった瞬間にザワと鳴る偶然…森の中で林の映画を観た。 
  森の中の林 (4)
 
帰山教正(かえりやま のりまさ)が日本映画の柱石であること、帰山人が教え正す由もない。
 ♪東京で繁華な浅草は 雷門、仲見世、浅草寺
  鳩ポッポ豆売るお婆さん 活動、十二階、花屋敷
  すし、おこし、牛、天ぷら なんだとこん畜生でお巡りさん スリに乞食にカッパライ
  ラメチャンタラ ギッチョンチョンで パイノパイノパイ パリコト パナナで フライフライフライ♪
大正時代を代表する演歌『パイノパイノパイ』(別名『東京節』/添田さつき:詞)が流行した
1919(大正8)年、帰山教正は自らの純粋劇映画運動を具現するべく「映画芸術協会」を
設立し、映画女優(花柳はるみ)を日本で初めて登場させて前年に完成させていた監督作品
『生の輝き』と『深山の乙女』を1919年9月13日に公開した…しかし、実はそれより前に、
誰が撮ったのであろうか、月島桜という女優による『永遠の謎』という未完の映画があった?
約半世紀後、探偵である魚塚が解読を託された暗号「将軍塔の見える、花の中、星が舞う」、
ハードボイルドばかり食べていないで『東京節』を思い浮かべていたならば、事件の解決は
もっと早かったのかもしれない。そんな勝手な想いを描きながら、森の中で林の映画を観た。
  森の中の林 (5)
 
往時は日活時代劇のスター女優、本作『夢みるように眠りたい』で約40年ぶりにスクリーン
に戻り、月島桜として「夢みるように永眠した」深水藤子、1989年の『二十世紀少年読本』
(私は未見)にも出演、戦争の余波で未完となった女優人生を林海象監督の2作品で全う
したのであろうか、昨2011年12月18日に永眠した。森の中で林の映画はかく完結した。
 
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誰も出てはならぬ

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記 [2012年05月06日 23時00分]
映画業界用語「ゴールデンウィーク」に従い、昨2011年はババアにシビレたが、今2012年は
黒も白も無い駄作でハズした…口直しならぬ目直しにもう1本、いや、もうひとっ風呂浴びる?
 
『テルマエ・ロマエ』 観賞後記
 
  誰も出てはならぬ  誰も出てはならぬ (1)
そもそも風呂場でタイムスリップという時点で、先行の名作(?)“Hot Tub Time Machine”
(『オフロでGO!!!!!タイムマシンはジェット式』:2010年)に匹敵するバカらしさが求められる
必然。丹念や整合などは不要無用であり、原作漫画に比してのアーダコーダは意味が無い。
原作者ヤマザキマリの擬影である山越真実(上戸彩)の役回りと演技には無理も目立つが、
まぁ風呂場の娯楽作品に垢抜けない下手も愛嬌か、浮世の垢と一緒に脱ぎ捨て観るも好し。
 
  誰も出てはならぬ (2)
閑話、「すべての‘風呂’は‘ローマ’に通ず」は公衆浴場の史実を考えるに笑止の戯言だが、
  《日本人は世界に冠たる入浴文化を持つ民族だといわれています。…こうした日本の
   入浴文化と、それを支えてきた銭湯を積極的に後世に語り伝えていくことは現代人の
   使命ですが、銭湯は今、時代の変化の中で一見その価値が見失われようとしています》
という「日本銭湯文化協会」、或いは「全国公衆浴場業生活衛生同業組合連合会」(全浴連)
などが、本作『テルマエ・ロマエ』に連動も協調もしていない怠慢、もっと汗を流すべきだろう。
 
  誰も出てはならぬ (3)
休題、映画の後段にハドリアヌス(市村正親)の「神格化」(apotheosis:アポテオーシス)が
話の焦点の一つとして取り上げられる。映画の主人公ルシウス(阿部寛)の尽力がなくとも、
実際に死後のハドリアヌスはダムナティオ・メモリアエ(Damnatio Memoriae:記録抹殺刑)
を免れて神格化されている。皇帝v.s.元老院というローマ帝国の権力構図を理解していない
と「神格化」話は解かり難い。歴代ローマ皇帝の中でダムナティオ・メモリアエを浴びせられた
のは、ハドリアヌス以前ではフラウィウス朝ドミティアヌス、以後ではセウェルス朝ゲタである。
 
  誰も出てはならぬ (4)
そのセウェルス朝において弟ゲタと共同皇帝になった兄カラカラは、巨大な「テルマエ」(カラ
カラ浴場)を建設した。カラカラは死後、ハドリアヌスが自ら建て始めた霊廟に葬られている。
ところで、映画『テルマエ・ロマエ』のテーマ曲は、歌劇『トゥーランドット』第3幕カラフのアリア
「誰も寝てはならぬ」‘Nessun dorma’である。1990年7月7日、「テルマエ」カラカラ浴場の
遺跡に、ルチアーノ・パヴァロッティとプラシド・ドミンゴとホセ・カレーラスが集まった。イタリア
FIFAワールドカップ決勝の前夜祭、3大テノール競演の最後は「誰も寝てはならぬ」の3重唱。
この「テルマエ」カラカラ浴場の遺跡で熱唱されたことを前提にテーマ曲を選んだか?見事?
 
  誰も出てはならぬ (5)
ひとっ風呂浴びたような心地で観た後は、本当にひとっ風呂浴びに「カラカラとゲタを鳴らして
銭湯へ」行きたくなる。映画『テルマエ・ロマエ』では入浴後にフルーツ牛乳を飲んでいたけれ
ども、ココはコーヒー牛乳でいきたい。何故?ローマ帝国では飲めないからである、ザマミロ!
湯に浸ってルシウスに負けず入浴文化を考えきる、それまで風呂から「誰も出てはならぬ」!
 
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黒も白も無い

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記 [2012年05月05日 06時30分]
やりたい放題の邦題は‘黒と白’という意…おかしいなぁ、薹(とう)が立ち始めたとはいえ
主演はリース・ウィザースプーン、脇役2人を文字通り刳(しゃく)って顎で使う映画のハズ…
  黒と白  黒と白 (1)
 
『Black & White/ブラック&ホワイト』(This Means War) 観賞後記
 
《2人はCIAのトップエージェント》で《向かうところ敵なし》の謳いとはいえ脇が甘いなぁ…
ブラッドレイ・クーパーとコリン・ファレルとジェームズ・フランコとセス・ローゲンとジャスティン・
ティンバーレイクとサム・ワーシントンとが演者から降りて、クリス・パインとトム・ハーディー
がタマタマ使われたらしい、ハッキリ黒白をつける役は誰でもかまわずハッキリしなかった。
 
凄腕のエージェントが職権を濫用して恋愛の全面戦争?…とくればアノ作品を思い出す。
製作・原案・脚本のサイモン・キンバーグは、以前に脚本を務めたアクション&ロマンス&
コメディ作品のテイストを本作に求めたと思われるが、誤算は監督がマックGであったこと。
『Black & White/ブラック&ホワイト』は、『Mr.&Mrs.スミス』のケアレスミス版である。
 
  黒と白 (2)
駄作の中で唯一輝いていたのはチェルシー・ハンドラー、さすがスタンダップコメディアン、
現実世界でのアンジー口撃の破壊力そのままに好い味を出し、友人でもある主役リース・
ウィザースプーンを完全に食った。いや待て、‘黒と白’とは‘チェルシーとリース’の意か?
そう誤認した方がまだしもマトモに感じられる本作。ますますクリスとトムは不要だなぁ…
 
女性2人の汚いコメディに焦点を合わせるべきを、男性2人の冴えないアクションに誘導し
て失敗している本作、信用できぬ映画レビューRotten Tomatoesであるが今般の26%
=腐敗作品評には賛同する。「ブラン・エ・ノワール」には“琥珀の女王”の別名あるように、
『Black & White/ブラック&ホワイト』にも“娯楽の女王”を探し観ていたが、‘黒と白’の
必然性が無い映画作品では、「ブラン・エ・ノワール」どころか「シロノワール」にも達しない。
 
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夜来たる

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2012 [2012年05月04日 23時00分]
「日蝕と珈琲」…今2012(平成24)年、日本の一部各地で観られる金環日蝕、この日は
カップの中のコーヒーにも、紅茶と同様に好ましいゴールデンリングが生ずるであろうか?
1941(昭和16)年、1962(昭和37)年、1999(平成11)年を振り返り、暫し考えてみよう。
 
  Eclipse-Nightfall (1)
1941(昭和16)年3月17日、アイザック・アジモフはジョン・W・キャンベル・Jr.より、ラルフ・
ワルド・エマーソンの作品の一節を聞かされて、それをヒントに翌日からSFを書き始めた。
  If the stars should appear one night in a thousand years, how
  would men believe and adore; and preserve for many generations
  the remembrance of the city of God which had been shown!
   (Ralph Waldo Emerson “Nature”:1836年)
  《もし星が千年に一度、一夜のみ輝くとするならば、人々はいかにして神を信じ、崇拝し、
   幾世代にもわたって神の都の記憶を保ち続ければよいのだろうか。 エマーソン》
   (「夜来たる」Naightfall/アイザック・アシモフ『夜来たる』:ハヤカワ文庫SF692収載)
同1941年8月15日、6重連星の異世界において2049年周期で起こる皆既日蝕を描いた
「夜来たる」は、アスタウンディング誌の同年9月号のカバーストーリーとなって掲載された。
この頃に世界各国は戦時体制を進め、日本では「代用珈琲統制要綱」が公示され(7月)、
アメリカではインスタントコーヒーを正式採用した軍用Cレーションが本格生産された(8月)。
1941年9月21日、日本の石垣島・西表島・与那国島や基隆などで皆既日蝕が観られた。
それは太平洋戦争の開戦を間近に、既に東亜新秩序もコーヒーも蝕まれていた時だった。
 
  Eclipse-Nightfall (2)
1962(昭和37)年2月5日、皆既日蝕と同時に8惑星が会合した。この日蝕と惑星直列
の重合でナヴァグラハ(九曜)全てが磨羯宮(まかつきゅう)に入り大災厄が起こる虚報、
インドでは暴動が生じた。「情事」‘L'avventura’、「夜」‘La notte’に続く、ミケランジェロ・
アントニオーニ監督「愛の不毛3部作」の3作目映画「太陽はひとりぼっち」‘L'Eclisse’
(「蝕」の意)が公開されたのは、同年4月(イタリア)・5月(フランス)・12月(日本)である。
「太陽はひとりぼっち」でアントニオーニは、ヴィットリア(モニカ・ヴィッティ)にアフリカごっこ
をさせて、当時名ばかりの独立を進めていたコーヒー産業の新興国でもあるアフリカ諸国
を冒瀆し、ピエロ(アラン・ドロン)にカフェテラスでコーヒーそちのけの傍若無人の振る舞い
をさせて、資本主義と同時にコーヒーまでも空虚に貶めた。1962年の皆既日蝕騒動の
翌月にデビューしたボブ・ディランは、「コーヒーもう一杯」‘One More Cup of Coffee’が
収録されたアルバム『欲望』‘Desire’を後にリリースする。1976年2月5日、日蝕騒動の
ちょうど14年後である。1962年当時、「コーヒーに未来はあるか」誰にもわからなかった。
 
  Eclipse-Nightfall (3)
1999(平成11)年8月11日の皆既日蝕は、地上・空中・宇宙からの映像がTVやWebで
広範囲に中継されて史上最多の人に観られた。この日蝕を機に、リキュールが生まれた。
  《1999年8月イタリアで起こった日蝕の日に、そのコーヒーリキュールは生まれた。
   場所はロンバルディア州ブレシャにあるフランチャコルタ蒸溜所。…開発者のジュリ
   アーノ、アントニオ、ルイージ兄弟、エスプレッソをこよなく愛する創業家、ゴッツィオ家
   の3代目だ。兄弟たちのこだわりは、世界中から選んだ豆にある。甘みの強いコロン
   ビア産、香り高いブラジル産、酸味の強いコスタリカ産、この3種類の豆をブレンドする
   ことにより、エスプレッソに深いコクとまろやかさが生まれるという。「従来のコーヒー
   リキュールは、コーヒーのエッセンスや香りをアルコールに溶かしているのです。私
   たちはリキュールにバールで飲んでいるような本物のエスプレッソをそのまま入れた
   かった。これは世界でも我々が初めてのことなんです。1リットルのアルコールの中に
   400ccを入れています」…イタリア語で日蝕を意味する「エクリッセ」‘Eclisse’、その
   味にはコーヒー豆本来の旨みを主張する強さが宿っている。…昼夜を問わず、リッチ
   なエスプレッソの香味と、優しい甘さを堪能できる逸品だ。》 (世界初の本格コーヒー
   リキュール「エクリッセ」/「世界銘酒紀行」リキュール紀行2/アサヒビールWeb動画)
この「エクリッセ」‘Eclisse’は、光り輝く魅力を秘めたリキュールという意味が込められた。
同じ頃に、日本では田口護が、《コーヒーという飲み物に留まらず、カフェや自家焙煎コー
ヒー店の使い方、楽しみ方》について、光り輝く魅力を秘めず顕現させようと説いていた。
  《コーヒーが日本に、しかも庶民に普及してせいぜい五〇年程度。お米や日本茶の
   ような歴史を背景にした判断能力はまだない。加えて、もっていた判断能力を失って
   しまった例も多い。…正しく伝えること、つまり啓蒙することがまだまだ足りないのだ。
   啓蒙すなわちEnlightenment(エンライトゥンメント)とは光をあてること。そして
   サービスは楽しませて伝えることEnlightenment=Entertainment(エンライトゥン
   メントにしてエンターテインメント)といえないだろうか。》 (田口護「自家焙煎コーヒー
   店に学ぶサービス」/『居酒屋』第8号/柴田書店/1999年8月)
1999年の「日蝕」‘eclisse solare’は、人類史上最大規模のエンターテインメントだった。
それは同時に、光が欠けて蝕まれる‘endarken‐ment’なものであったのか?それとも、
何かの光明が開かれる‘enlightenment’なものであったのか?…「エクリッセ」で考える。
 
  Eclipse-Nightfall.jpg
2012(平成24)年5月21日の日蝕は、金環(ゴールデンリング)を生じ、皆既で怪奇な
「夜来たる」‘naightfall’とはならない。だが、「日蝕と珈琲」から考えるに、2012年日蝕
のコーヒーに金環(ゴールデンリング)を見出せるのであろうか?それとも「夜来たる」か。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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