蕎麦に居るね 33

ジャンル:グルメ / テーマ:うどん・そば / カテゴリ:食の記 [2018年12月05日 01時30分]
「新蕎麦のびら秋風にはいり口」(『川柳蕎麦の花』)
 
2018年9月28日
 蕎麦居る33 (1) 蕎麦居る33 (2)
「与三郎」で、「秋採蕎麦」(ころ)を食す。
他用で出かけた折、在住市内の蕎麦屋で昼食。創業1880(明治13)年を謳う「与三郎」は、1971年に開業して2008年に現在地へ移転した。秋刀魚の竜田揚げとすだちと茸5種が盛られた「秋採(あきどれ)蕎麦」は、見た目で好しとする季節メニュー。気楽に食べて満足。
 
「御手打になるとは知らで蕎麦の花」(『川柳蕎麦の花』)
 
2018年11月3日
 蕎麦居る33 (3) 蕎麦居る33 (4)
「そばの花」で、「そばの花」(ぶっかけ)を食す。
亡父の一周忌法要で帰省の折、出身市内の蕎麦屋で昼食。2018年4月6日に続いて8月16日にも「すずしろ天」を食したが、今般は店名メニュー「そばの花」。大葉・そばの実・胡麻も好いが、海苔と鰹節と大根つまが実に美味い。清涼に薫る麺と合わせれば調和の口福。
 
「蕎麦腹の跡へ馳走の粥を喰い」(『川柳蕎麦の花』)
 
2018年11月8日
 蕎麦居る33 (5)
自宅で、「焼き蕎麦」を食す。
立夏の前日立秋の前日に節分蕎麦を食べたこともあるが今般は立冬の前日に…や、もう立冬の翌日だ。それでも「遅れ節分蕎麦」(?)を食べるとすれば特殊な蕎麦にしよう。作るしかないな。鹿屋在来種の玄ソバ丸抜き実をサツマイモとカボチャと一緒に炊いてから炒め焼き、豚挽肉芋炒めやベーコン茸炒めも付け併せて、醤油が薫る「焼き蕎麦」とする。ウマい。
 
「田舎下女芋に畑に蕎麦ッ粕」(『川柳蕎麦の花』)
 
2018年11月10日
 蕎麦居る33 (6) 蕎麦居る33 (7)
「泉屋」で、「芋かけそば」(冷)を食す。
郡上八幡を訪ねた折、市街の蕎麦屋「泉屋」で昼食。前回(2016年10月16日)は時季が早過ぎて食べられなかった「芋かけそば」を注文。自然薯の味わい濃くもふわふわに擂り上げられ、薄色の甘汁と混ぜて食べればどこまでも優しい口当たり、期待通りで実に美味い。
 
「誹諧と蕎麦くふ腹は江戸ぞかし」(『川柳蕎麦の花』)
 
2018年12月1日
 蕎麦居る33 (8) 蕎麦居る33 (9)
「大江戸そば」(池袋店)で、「たぬきそば」を食す。
東京で珈琲遊びの折、駄蕎麦を計4食。まず朝に池袋の「大江戸そば」で立ち食い。上野の「いろり庵きらく」(2016年春訪)や神田の「そばいち」(2017年冬訪)と同じNRE(日本レストランエンタプライズ)の店。正しい駅蕎麦。
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「大むら」で、「冷したぬきそば」を食す。
嶋中労氏と談話しながら山谷を散策中、「大むら」で昼食。吉原大門近くの蕎麦屋ではあるが、労師に「冷したぬきそば」を振る舞ってもらっても敷初(しきぞめ)蕎麦にはならない(笑)。だが、雰囲気は実に好い。
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「越後そば」(北千住店)で、「北千住そば」(温)を食す。
宿へ向かう途に、「越後そば」で夕食。北千住マルイ(ミルディス)の店は、前回(2016年3月5日)と異なり「おひつご飯 凛や」と同居リニューアル後。きつね+たぬき+とろろの「北千住そば」、ここの麺・汁にとろろは合わない。

2018年12月2日
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「小諸そば」(神保町店)で、「かき揚げそば(大)」を食す。
珈琲遊び2日目に、神保町の「小諸そば」で昼食。1年ぶり4回目の訪店。三ツ和は「みよた」だの「みまき」だのに続いて「小諸そば」でもオサレ系(?)を狙っているようだが、やはりフツーの「小諸そば」で充分。
 
「蕎麦を喰ひしまつて一句出来たわへ」(『川柳蕎麦の花』)
 
※『川柳蕎麦の花』 母袋光雄(未知庵主人):編 村瀬忠一郎(日月庵藪忠):刊 1933年
 
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弛斜かふひい物語 後篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2018 [2018年12月04日 01時00分]
朝に山谷の宿「ほていや」の部屋でマンデリンをネルドリップ。ベランダで東京スカイツリーを眺めながら、ミャアミャアと鳴いて散歩する黒猫を斜(はす)に見下ろして珈琲を喫すると、目覚めたばかりで凝っていた体が弛(ゆる)んでいく。弛んだまま斜に構えた私が弛斜(しはす)の珈琲を東京で想う日は続く
 
【JCS年次集会当日】 2018年12月2日
 
 弛斜かふひい物語 (10) 弛斜かふひい物語 (11)
「café Bach」(カフェ・バッハ)へ。シャッターが開くと同時に入り、ゆっくりと新聞を読みながらバッハブレンドを喫し、バタートーストに胡椒を利かせて味わう。実に好い時間だ。シュトレンの発送を依頼してから店を出て、トレセンへ移って中川文彦氏と少談。田口護氏が監修したツインバード工業の全自動コーヒーメーカー「CM-D457B」がバッハブレンドを淹れるところを観察、予想以上にまろやかな味わいの抽出に吃驚する。地下鉄を乗り継ぎ、神保町界隈で古本屋巡りと昼食後、学士会館へ。
 
「日本コーヒー文化学会 第25回年次集会」 (学士会館)
 
 弛斜かふひい物語 (12)
山内秀文氏や大坊勝次氏と話しながら開会を待つ。廣瀬幸雄会長の開会挨拶の後、第一回日本コーヒー文化学会賞の授賞式。この賞が対象を学会員としていて閉じて内輪な顕彰事業であることは、俗物の集団らしくも迷妄の誹りを免れない。だが、第一回の受賞者が成田専蔵氏であることには得心する。日本コーヒー文化学会(JCS)の「コーヒーを楽しむ会」を真っ先に(東京以外の)弘前で催した(1994年5月)のが成田さんであれば、青森に支部を真っ先に立ち上げた(1996年9月)のも成田さんであるのだから。そうした進取の気骨をきちんと紹介できない授賞式は、痴愚の誹りを免れない。成田さんの受講記念講演を聴きながら、そう思った。
 
 弛斜かふひい物語 (13)
コーヒーブレイクを挟んで、委員長5人による各分科会の活動報告。たった3年前の年次集会でもやったことの繰り返し。今回も汲むべき内容など微塵も感じられないつまらない報告ばかりなので、私は欠伸連発。その後のクロストーク(進行:小山伸二氏)も、人選たらい回しで得意分野と異なる委員長(上吉原和典氏:社会・人文科学)やら、ここぞとばかり自説を言挙げするだけの委員長(後藤裕氏:コーヒーサイエンス)やら、まるで安倍内閣の大臣答弁を聞かされているようで居心地も聴き心地も悪い。強いて言えば、堀口俊英氏(生産・流通委員長)と山内秀文氏(焙煎・抽出委員長)との意見の相違が面白い。ここだけを討議にした方が余程に実があるものを、事勿れ主義のJCSには期待できない。散会し、地下鉄と新幹線を乗り継いで帰途へ。
 
 《珈琲屋が陥りやすいのは、自分についたコーヒーの匂いだけを信じてしま
  うことだった。(略) 自分の主観・好みだけで踏み込んでしまったコーヒー
  の細い道。コーヒー探究の道はもっと深く、広く、長く、限りがない。栽培
  が変われば、品質も変わる。社会環境も変われば、人間の嗜好も変わ
  る。いままでのコーヒー飲用の歴史がそう教えてくれている。自分だけの
  世界に入り込んだコーヒーには未来がない。コーヒーの真実の姿はたか
  がコーヒーと思いついたときにこそ、見えてくる。》 (成田専蔵 「津軽かふ
  ひい物語」第七話/月刊『喫茶店経営』連載の稿を加筆修正/『はい、
  コーヒーですよ。』 弘前コーヒースクール:編 いなほ書房:刊 1996 収載)
 
 弛斜かふひい物語 (14) 弛斜かふひい物語 (15)
この成田専蔵の言は、JCS年次集会のクロストークで山内秀文が説いたことに極めて近い。そして、《コーヒーを人間の勝手にしてはいけません》という『喫茶店経営』連載時の言が、いかに言近旨遠であったかを示している。そう思いながら、東京で弛(ゆる)んだまま斜(はす)に構えて珈琲に満喫した弛斜(しはす)の時を、駅弁「品川貝づくし」を食べつつ想い返していた。
 
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弛斜かふひい物語 前篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2018 [2018年12月03日 23時00分]
朝の東池袋中央公園でマンデリンをネルドリップ。ミャアミャアと鳴いて散歩する黒猫を眺めながら、サンシャイン60を斜(はす)に見上げて珈琲を喫すると、夜行バスで凝っていた体が弛(ゆる)んでいく。《コーヒーの真実の姿はたかがコーヒーと思いついた時にこそ見えてくる。コーヒーを人間の勝手にしてはいけません》と、成田専蔵は言っていた(「津軽かふひい物語」第七回/『月刊喫茶店経営』1989年12月号 柴田書店)。ふと、そんなことを思い出す冬の日は新暦で師走、私は弛んだまま斜に構えて弛斜(しはす)の珈琲を東京で想う。
 弛斜かふひい物語 (1) 弛斜かふひい物語 (2)
 
【JCS年次集会前日】 2018年12月1日
 
 弛斜かふひい物語 (3) 弛斜かふひい物語 (4)
池袋駅で朝食を摂った後、上野駅へ。ガレリア2階のBreakステーションギャラリーにて、「SANYA ARTS TIME EXHIBITION -「山谷の文化的時間」展-」を観る。《表現活動を通じて社会との新たな関係性を築くことは、生きる必然性を紡ぐ大切な営みです》と。山谷のおっさんたちが撮った写真や焼いた陶器、それらを‘アート’と呼ぶ必然性が解らないが、私以外に誰も観ていない表現活動の関係性は面白い。
 
 弛斜かふひい物語 (5) 弛斜かふひい物語 (6) 弛斜かふひい物語 (7)
「café Bach」(カフェ・バッハ)へ。今般は酸が好く出ているマラウィ(ヴィフヤ)、たまらずドイツ風リンゴのタルトを注文。ニマニマしながら合わせて味わいつつ新聞を読んでいると、待ち合わせた嶋中労氏(以下、労師)が来た。直には7年ぶりの再会だが互いに臆する色もないままに対談、私はバッハブレンドとイタリアンブレンドを飲みながら喋りまくり。労師とバッハを出て、昼食を摂って散策しつつ談議…山谷で文化的時間(?)。
 
 弛斜かふひい物語 (8) 弛斜かふひい物語 (9)
労師と別れ、地下鉄で都内を横断して下北沢へ。「珈琲屋うず」を初訪、古屋達也氏に「ついに来た」と苦笑で迎えられ、(前の店「Tram」以来の)半年ぶりに談議。深煎りの枠内で遊びを求めてどんどん変化する古屋さんのコーヒー、マンデリン(トバコ)とイエメン(イスマイル)とブラジル(アララ)を喫する。うずを出て、地下鉄の乗り換えついでに夕食を摂ってから定宿「ほていや」へ。
 
山谷の宿へ独り向かいながら、コーヒーを淹れて店を訪ねて人と喋って遊んだ一日を想う。《苦味は痛みだよ。それを繰り返し味わいながらやっと甘美を味わえるような気がする。そして人はいつか大人になってしまうんだろう》と、成田専蔵は言っていた(「津軽かふひい物語」最終回/月刊『喫茶店経営』1990年5月号 柴田書店)。けれども、苦味に甘美を含んだコーヒーを繰り返し味わおうとし続けた私は、大人になった自覚がない。だから、弛んだまま斜に構えた私が弛斜(しはす)の珈琲を東京で想う日は続く
 
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幸せのスイーツ(笑)

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2018年11月26日 05時30分]
「なぜ、スイーツは人々を幸せな気持ちにさせるのか?」 を謳う展覧会がある。だが、なぜ‘スイーツ’か? デザートやアントルメやコンフェクショナリーやペイストリーやキャンディーやスナックではダメなのか? ‘菓子’だと《幸せな気持ち》が薄らぐのか? また、なぜ《幸せな気持ちにさせる》と言い切れるのか? ろくでもない‘スイーツ’とやらで陰鬱な気持ちになることも多いんじゃないか?
 幸せなスイーツ(笑) (1) 幸せなスイーツ(笑) (2)
「スイーツ展」 (名古屋市科学館:特別展)
 幸せなスイーツ(笑) (3) 幸せなスイーツ(笑) (4)
2018年11月25日、名古屋市科学館の理工館地下2階イベントホールで「スイーツ展」を観る。《会場全体を「お菓子の王国」に見立てたカワイイ&ファンタジーの世界観の中で、スイーツにつまったいろいろな“?(はてな)”を解明します》(みどころ)…だが、ほぼ渡辺おさむのアート作品展である。例えば、同会場での過去の特別展「チョコレート展」と比べても、「はてな」を科学館として解明していない。《カワイイ&ファンタジーの世界観》とやらで誤魔化してばかりのボンヤリとした展示。「スイーツ脳」か?
 
「光のスイーツ♡ファンタジー」を謳うイルミネーション催事がある。だが、なぜ‘スイーツ’か? 以前のように北欧や昔話や魔法や旅行がテーマではダメなのか? 国営と称して実質は御用財団へ丸投げの公園で毎年に実行委員会方式で同じイベント屋の制作でイイのか? ろくでもない‘スイーツ’とやらで陰鬱な気持ちになることも多いんじゃないか?
 幸せなスイーツ(笑) (5) 幸せなスイーツ(笑) (6)
「冬の光物語」 (木曽三川公園管理センター:中央水郷地区)
 幸せなスイーツ(笑) (7) 幸せなスイーツ(笑) (8)
名古屋で「スイーツ展」を観た後に西へ21km移り、岐阜県海津の木曽三川公園を訪ねる。《デコレーションケーキ》と称する電飾には「まぁそうかな」と思わないでもないが、毎年に並木を電飾するプロムナードを今般だけ《パラソルチョコロード》(見どころ)とするには無理がある。当初の「冬のロマンティック・ファンタジー」というテーマを「光のスイーツ♡ファンタジー」へ変えてボンヤリとした展示。ここでもまた、ファンタジーかよ。「スイーツ脳」か?
 
 《すみっこにある余分なものだからこそ、お菓子には、生活に甘美なうるお
  いを与え、幸せな感興をわきおこす不思議な力があるのですし、また、
  そうした力を発揮させるような多様な工夫が、たえず加えられつづけて
  きたのです。》 (池上俊一 『お菓子でたどるフランス史』 岩波書店:刊
  2013)
 幸せなスイーツ(笑) (9) 幸せなスイーツ(笑) (10)
お菓子を「余分なもの」とした池上俊一は、こう言っていた。「スイーツ展」に協力している「日本スイーツ協会」の辻口博啓は、《近年、お菓子やデザートが総じて「スイーツ」と呼ばれる現象が定着するとともに…》(代表理事挨拶)と言う。なるほど、‘菓子’には《幸せな感興をわきおこす不思議な力がある》のだが、‘スイーツ’は単に《呼ばれる現象》でしかなく《多様な工夫が、たえず加えられつづけて》いない。この両者の違いは大きいが、‘スイーツ’とやらはファンタジーで幸せな気持ちにさせると思っている人々も多い。この《カワイイ&ファンタジーの世界観》こそが、「スイーツ脳」というヤツだ。つまりは「幸せのスイーツ(笑)」だと嘲り笑いながら、「スイーツ展」と「冬の光物語」を想い返した。
 
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やっとたつ

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2018年11月20日 01時30分]
中部日本ビルディング(通称:中日ビル)は、1966年4月29日に名古屋の栄で開館した。同じ日に銀座の数寄屋橋交差点角で開館したソニービルは、2017年3月末に閉館した。それに2年遅れて2019年3月末に中日ビルは閉館する予定。2018年11月18日、中日ビルの屋上へ上がれる閉館前最後の機会として、「やっとかめ文化祭」最終日の催事が開かれる…行ってみよう!
 
 やっとたつ (1) やっとたつ (2) やっとたつ (3)
電車と地下鉄で名古屋へ行き、私の「中日ビルさよなら企画」(?)を開始。栄サンシティビルの18階から隣りの中日ビルを見下ろし眺める。中日ビルの駐車場通路の壁面にあるステンドグラスを観る。同じ壁面にあるビル断面の描画も観る。1階の「なつかし写真展」(第3弾)と2階の「劇場秘蔵ポスター展」(第3弾)を覘いてから屋上へ。
 
 やっとたつ (4) やっとたつ (5) やっとたつ (6)
中日ビル屋上では「やっとかめ大団円 終いの演と宴」が催されていた。そこそこの賑わい。ストリート歌舞伎を22日ぶりに観ながら、近藤マリコディレクター自らの出店「スナック マリコ」が開くのを待つ。あ、開店した。おつまみ3点セットと焼き素麺の豆乳スープを買って味わう。うん、美味い。
 
 やっとたつ (7) やっとたつ (8) やっとたつ (9)
ストリート歌舞伎「大当名古屋心中」を観終えた後、喫煙休憩。再び会場へ戻って、辻狂言「竹生島参」(ちくぶしままいり)を観る。狂言共同社の井上靖浩(二世松次郎)と井上蒼大による父子共演。秀句(ダジャレ)だらけの演目で「芸どころまちなか披露」を締めるとは、実に「やっとかめ文化祭」らしい。
 
 やっとたつ (10) やっとたつ (11) やっとたつ (12)
近藤マリコらスタッフと少談の後、名古屋の街の夕景を眺めながら中日ビル屋上に別れを告げる。階を下って、ロビーの天井にある矢橋六郎(1905-1988)によるモザイク画「夜空の饗宴」を様々な角度から眺める。これにて、私の「中日ビルさよなら企画」も終了。
 
 やっとたつ (13) やっとたつ (14)
大須まで歩いて「松屋コーヒー本店」へ。リニューアルして稼働を始めた焙煎室を見学した後に、満82歳の誕生日を今日に迎えた松下和義会長にエチオピア(イルガチェフ・テーブルトップ・ナチュラル)を淹れていただき、喫しながらコーヒー談議。店の斜向かいにあるセミナー室で秘密の作戦会議(?)をしてから、帰途へ着いた。
 
狂言「竹生島参」の太郎冠者(召使い)は《タツ(竜)が申しまするは、いずれもは是に御座れ、身共は諸用御座るによって、このお座敷をタツですと申して御座る》と申していたが、2018年の「やっとかめ文化祭」の始まりと終わりを覘いて時が経つ(タツ)のであり、また来期へ発つ(タツ)とも申せられる。つまり、「やっとたつ」。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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