ボケモンナーレ 其の肆

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2016年08月23日 01時30分]
第3回の「あいちトリエンナーレ」が‘鳥エンナーレ’であった豊橋地区から戻ってきたが、面白味が薄くて弱いテーマ「虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅」を追った‘想像する呆け者の旅’は続く。だが、そもそも豊橋どころか名古屋ですら「あいちトリエンナーレ」は要るのか? 「呆け者なぁれ」(ボケモンナーレ)じゃないのか…よし、呆け者(ボケモン)GOだ!
 
2016年8月21日
「あいちトリエンナーレ2016」 (名古屋駅会場/栄会場)
 
 ボケモンナーレ4 (1) ボケモンナーレ4 (2) ボケモンナーレ4 (3)
誰がポケモンGOに熱中しているのかも判らない名古屋駅の人波をかきわけて、ジェイアール名古屋タカシマヤで佐藤翠がブライアンアトウッドの靴とコラボレーションした関連展示を観てから、JPタワー名古屋へ。映画『モダン・タイムス』(1936年)をモチーフにした森北伸の作品、もしも『自由を我等に』(1931年)から着想したならばどうなるのだろう? 地下鉄で栄会場へ。
 
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損保ジャパン日本興亜名古屋ビルの大巻伸嗣による暗闇の中でのインスタレーションは2日前に先行して観た、ふ~ん。同ビル内の「あいちトリエンナーレ並行企画事業 人類と人形の旅 ~human with puppet~」の関連企画「人形美術家展」の方が面白い。特に、片岡昌の〈狂人教育〉の人形は狂気が迫って好かった。さて本日は「広小路夏まつり」の2日目、その本部の朝日神明宮も盛況。
 
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中央広小路ビルへ。山田亘の‘大愛知なるへそ新聞’を配布している編集部を観る、ふ~ん、なるへそ。続いて〈交わる水-邂逅する北海道/沖縄〉、今般の「あいちトリエンナーレ」ではコラムプロジェクトがどれも好い。いや、コラムプロジェクトだけでも好いかも(笑)。旧明治屋栄ビルへ。〈液体は熱エネルギーにより気体となり、冷えて液体に戻る。そうあるべきだ。〉と端聡は示し、その作品は見事、だが蒸発と凝縮に‘べき’は無い。
 
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寺田就子による展示、元は越智インターナショナルバレエの教室だった‘鏡面’空間が‘透明’偏愛よりも効いている。山城知佳子やソン・サンヒの映像作品は訴えに余裕がない力み過ぎた拵え、つまらん。豊橋から名古屋へと観疲れてきたからか、ケルスティン・ブレチュのインスタレーションのように浮ついた熱意の方が気楽でイイ。窓の外には「広小路夏まつり」のパレード、劇的偶然の好い展観。今日の‘想像する呆け者の旅’はここまで…
 
 《放っておくとすぐに混濁してくる世界像を毎日補正する。手間もかかるし、報
  われることも少ない仕事ですけれど(「雪かき」とか「どぶさらい」みたいなもの
  ですから)、きちんとやっておかないと、壁のすきまからどろどろしたものが侵
  入してきて、だんだん住む場所が汚れてくる。(略)でも、さきほどから言って
  いるように、この仕事はボランティアで「どぶさらい」をやっているようなもので
  すから、行きずりの人に懐手で「どぶさらいの手つきが悪い」とか言われたく
  ないです。》 (内田樹 『日本辺境論』 新潮社:刊 2009年)
 
2011年の東日本大震災を意識した「揺れる大地 ─われわれはどこに立っているのか:場所、記憶、そして復活」をテーマに掲げた前回の「あいちトリエンナーレ2013」は、「暗い」とか「重い」とか「なぜ愛知で」とか言われたらしい。《取って付けたような大物芸術家はいらない》とか《根本的な特色がないのにトリエンナーレのためのトリエンナーレになっている》とも評された(『中日新聞』記者座談会 2013年10月29日)。批判を全て呑んだと主催者は認めないだろうし、《行きずりの人に懐手で「どぶさらいの手つきが悪い」とか言われたくない》だろう。だが、今般の「あいちトリエンナーレ2016」では結局に、《取って付けたような大物芸術家》は消えて‘B級’揃えになり、毒にも薬にもならない散漫なテーマが付された。それが、「虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅」である。ここは、「意地のどぶさらい 想像する呆け者の旅」にした方が相応しい。《壁のすきまからどろどろしたものが侵入してきて》ギリギリと歯軋りしたり反吐を撒き散らすような葛藤がなければ、国際美術展は面白くない。‘全くダークで暗い未来’の「ボケモンナーレ」じゃないのか?
 
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ボケモンナーレ 其の参

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2016年08月22日 01時30分]
今般が3回目の「あいちトリエンナーレ」では、初めて豊橋地区が会場に加わった。豊橋市美術博物館が催す「トリエンナーレ豊橋 星野眞吾賞展 明日の日本画を求めて」は、「あいちトリエンナーレ」より11年も前(1999年)から始まっている。豊橋に「あいちトリエンナーレ」は要るのか? 「呆け者なぁれ」(ボケモンナーレ)じゃないのか…よし、呆け者(ボケモン)GOだ!
 
2016年8月21日
「あいちトリエンナーレ2016」 (PLAT会場/水上ビル会場/豊橋駅前大通会場)
 
 ボケモンナーレ3 (1) ボケモンナーレ3 (2) ボケモンナーレ3 (3)
約半額の‘お得なきっぷ’を利用して名古屋から新幹線で豊橋へ。駅のデッキでポケモンGOに熱中している邪魔な中年オヤジを蹴り倒して、穂の国とよはし芸術劇場PLATへ。(名古屋市美術館の時と同様に)屋外でジョアン・モデの〈NET Project〉に紐を結び加えてから、館内へ。大巻伸嗣の〈重力と恩寵〉、この巨大な光る壺は夜に観たいなぁ。
 
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遺跡の出土品から現代の絵画や工芸やインスタレーションまで鳥尽くしのコラムプロジェクト〈鳥の歌-メッセンジャーの系譜学〉が楽しい…‘鳥エンナーレ’だ! PLATを出て、牟呂用水を暗渠にして建てた約800mに渡る既存不適格建築物群の水上ビル会場へ。この老朽ビル群では「壁面アートトリエンナーレ」が催されている。豊橋に「あいちトリエンナーレ」は要るのか?
 
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4階建ての水上ビルの一軒分を屋上も含めて丸ごと小鳥の棲み家にしたラウラ・リマの〈Fuga(Flight)〉、ブンチョウにジュウシマツにコキンチョウ、飛び回る小鳥だらけ、これが観たかった…‘鳥エンナーレ’だ! イグナス・クルングレヴィチュスのサスペンス(?)なAVインスタレーション〈INTERROGATION〉、椅子から転げ落ちそうに笑った、極上の短編喜劇だ。豊橋駅前大通会場へ。はざまビル大場で、レアンドロ・ネレフの持ち込んだ‘Nave Do Som’(音の船)に乗ってゴキゲンDJ気取り。
 
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ウェンデリン・ファン・オルデンボルフの映像作品〈From Left to Night〉が素晴らしい。開発ビルへ。だいぶ観疲れてきたからか、日本人の作品は面白くない。ニコラス・ガラニンの〈God Complex〉はイイなぁ。…ん? ハーバード大学感覚民族誌学ラボの作品は、底引網漁を活写した映画『リヴァイアサン』(2012年)じゃないか、これは観る! おぉ、カモメの群れがウジャウジャ飛び交う…‘鳥エンナーレ’だ!
 
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けど疲れた、大勢の呆け者もつかまされたから。『能町みね子の純喫茶探訪 きまぐれミルクセ~キ』(オレンジページ:刊)で知った「喫茶フォルム」に寄って休憩、当然にミルクセーキを飲む。《店の奥でしっかりシェイクする音が聞こえます。比較的サラッとした味わいで、チェリー入り。うれしい》(前掲書)…その通りだ。うれしい。
 
豊橋地区の「あいちトリエンナーレ」は、映像作品にイイものがあったし、何よりも‘鳥エンナーレ’で好かった。だが、豊橋は国内シェア7割を誇る日本一の養鶉地だろ? ウズラを登場させても好かったんじゃないか?
 
 《若い者が何か前衛をやるつもりで、しかしもうだいたいのことは前の人がやっ
  ているので、考えたあげく画廊を暗くして、床に籾殻を敷きつめて、そこにウ
  ズラをたくさん放したのだ。そういう個展をしたのである。前衛もいろいろ頭を
  使って大変だ。》 (赤瀬川原平 「朝早くウズラが文学散歩をしているという噂
  の山道」/『科学と抒情』 青土社:刊 1989年)
 
ウズラの‘鳥エンナーレ’にでもしなければ、豊橋に「あいちトリエンナーレ」は要らないだろう。豊橋で観た「あいちトリエンナーレ」が「創造する人間の旅」だったのかどうかは不明だが、‘想像する呆け者の旅’にはなった…そう笑いながら復路の新幹線に乗った。まだまだ「ボケモンナーレ」は続く…
 
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かいとび伊吹5 残酷暑熱篇

ジャンル:スポーツ / テーマ:ジョギング・ランニング / カテゴリ:走の記:日常編 [2016年08月20日 23時30分]
その日、伊吹山の麓では「山の日」の時よりも気温の推移が摂氏4度も高いようだ。残暑だ、酷熱だ、残酷暑だ。ジャン・コクトー曰く、「ゆっくり急げ。美よりも速く走れ」(Hasten slowly. Run faster than beauty.)。何故ジャン・コクトーか? 残酷暑に似ているじゃん。「ゆっくり急げ。快と美で山を走れ」
 
2016年8月20日
伊吹山登山
 
 かいとび伊吹5 (1) かいとび伊吹5 (2) かいとび伊吹5 (3)
今年5度目の伊吹山へ。トンボが群れ飛ぶ伊吹薬草の里文化センターの駐車場からスタート! 往路は‘かっとび’コース。舗装林道の上りで既にヘロヘロ、何とかジョグし続けて、一合目を約39分で通過。トンボの群れが取り囲んで、かわるがわる目の前で「何ヘロヘロしてんの?」とホバリング…暑いんだよ! 二合目先の夏草は「かっとび伊吹」に備えて刈り取られて進みやすいはずが、炎天に照り返しが増して…暑いんだよ!
 
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頭上にガスが拡がり陽射しが緩んだ。三合目を約1時間15分で通過。五合目を約1時間36分で通過。もう四囲は真っ白だし涼しい風も時折吹くが、体は焼けたままで冷や汗が吹く。マズいなぁ、中8日で来たのに足馴れどころか、体調はさらに悪い。六合目・七合目・八合目で2分ずつ少憩。尾根に出て、何とか2時間半以内で山頂まで…ん? 遊歩道から来たオバちゃんに登山道の難度を訊かれて延々と応えて…ワァ急げ! 山頂に約2時間29分で到着。
 
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山頂売店「えびすや」へ「ただいま~」、凍りチューペットもらって、苺ソフトクリームとCCレモン買って、超甘い和菓子もらって、全部たいらげながら煙草も吸いつつ常連ジイさんたちと歓談。汗も引いたし、「じゃあまた」。復路は‘登山道’コース。今般は渋滞ないが再び晴れてきて…暑いんだよ! ポコポコ走り下っていたら、腹が下りそう。三合目のトイレで2回籠って、ダラダラ歩く。一合目のトイレにも籠って、フラフラ歩く。腹の具合は回復したが…暑いんだよ! 伊吹薬草の里文化センターに約1時間55分で戻った…なんて日だ!(笑)
 
 かいとび伊吹5 (10)
薬草風呂と水浴びを交互に繰り返していると、疲れた体に心地好い何かが沁みていく。残暑に酷熱の登山、道程は急ぎきれなかったし快いばかりではなかったが、やっぱり伊吹山には快も美もある。「ゆっくり急げ。美よりも速く走れ」は、私の伊吹山登山でもできるのだろうか?…休憩室で伊吹コーヒー牛乳を飲みながら考えていた。
 
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コーヒーの風俗

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2016 [2016年08月17日 01時00分]
コーヒーの風俗とは何か? 例えば、スペシャルティコーヒー時代(?)になって、コーヒー屋の身なりや身ぶりに多様性が進み、アメリカ合衆国では‘The Hot Spot Coffee Company’や‘Bikini Beans Espresso’や‘The Banana Hammock Espresso’などが風俗の匂いを漂わせているようだ。そして、さらに強烈な風俗の匂いがするコーヒー屋がヨーロッパに現われそうだ。
 コーヒーの風俗 (1) コーヒーの風俗 (2) コーヒーの風俗 (3)
 
 「スイスの新しいカフェメニュー:コーヒー、クロワッサン、そしてセックス」
 《ジュネーブで今年の終わりまでに朝食のモカやカプチーノ一杯と一緒にオーラ
  ルセックスを「販売」するセックスカフェが出現する。オリジナルなコンセプトを
  もつ同店の名称は「カフェ・フェラチオ」。スイス紙ローカルによると、平均費用
  は約60ドル。同様の店がタイにあることを知った地元輸入業者Facegirlの
  ブラッドリー・チャヴェ・オーナーが創設した。次のような仕組みだ。空腹の(文
  字通りの空腹ならびに比喩的な空腹)男がやって来て、メニューのコーヒーを
  注文、同時に、彼に性的快感を与える売春婦をiPadで選ぶ。それから彼は
  テーブルに席を取り、注文の品を楽しむというわけだ。》
  (Webサイト「スプートニク」 2016年6月30日)
 コーヒーの風俗 (4)
 「朝食にコーヒーとセックス:ロンドンとジュネーヴのカフェに特別サービス登場」
 《スイスの企業家が、ウェイターがコーヒーと共にオーラルセックスを提供するカ
  フェを開く計画を発表した。(略)しかし未だ第1号店を開かないうちに、チェー
  ン拡大が宣言されている。同様のカフェはロンドンでも開かれる。現在会社の
  法律家が、同企業が英国の法を違反しないよう取り組んでいる。(略)ちなみ
  に、すべての行為は共通ホールで行われる。隅っこやカーテンは1つもない。
  注文は最低50ポンドからで、全ての手続きは15分ほど。もし延長が必要な
  ら、毎15分に10ポンド必要だ。》
  (Webサイト「スプートニク」 2016年8月10日)
 
「カフェー」や「ノーパン喫茶」など、風俗の匂いを昔から漂わせていた日本のコーヒー界にとっては、「カフェ・フェラチオ」など驚くほどのものではない。だが、この際にコーヒーの風俗に関する日本の国粋を喧伝するべきだ、と私は思う。やれサードウェイブだのプアオーバーだのサイフォンだの水出しだのがアメリカ合衆国の一部で騒がれる都度に、その手本だの源流だのが日本に存すると日本のコーヒー界やマスコミは浮かれてきた。腐った誤解で腐った潮流に乗る無恥の仕儀ではあるが、どのみち曲解するならば「コーヒーに関する風俗営業の淵源は日本にあった」と無恥の国粋を示すべきであろう。何故、誰も言わないのか?
 
 《カフェと喫茶店は異なる内容の店としてとらえられてきたが、その最初から別
  の飲食店として区別されてきたわけではない。統計でもひとつに取り扱われる
  ことが多かった。明治31年(1898)以降の喫茶店について、その店の数を
  「東京市統計年表」から知ることができる。統計では「喫茶店」が、「貸座敷」
  「待合茶屋」「遊船宿」「料理店」「銘酒店」「氷水店」「飲食店」「芸妓屋」などと
  ともに、「風俗ニ関スル諸営業」といった分類項目の中のひとつに位置付けら
  れている。しかし統計にカフェの名前は出てこない。この頃には喫茶店とカフェ
  を区別して使用することの必要がなかったのであろう。 (略)大衆的なカフェ
  がつくられていくのは大正時代後期から昭和にかけてで、大正12年(1923)
  の関東大震災後に増えている。(略)カフェの中で、女給が大きな役割を果た
  していくようになったのもこの頃で、かつて文学や芸術の話がカフェを支配し
  ていた時には一点景にしかすぎなかった女給が、中心的役割を果たしていく
  ようになっていったのである。カフェと喫茶店が異なるものとして認識されてい
  ったのもこの頃からである。先の統計でも、昭和8年(1933)から「普通喫茶
  店」と「特殊喫茶店」を分けて数値をとっている。昭和13年(1938)の飲食店
  について調査した結果が「建築世界」(昭和13年3月号)に載せられている。
  これらのうち、カフェと喫茶店に関連した店を記すと次のようなものがある。
   バー──バー、スタンドバー、サロン風の名称を用いている店。
   カフェ──カフェーの名称を用いている店。
   純喫茶──喫茶店の中でレコード演奏を営業のひとつの要素にしている店。
   特殊喫茶店──特殊喫茶店、新興茶房、新興喫茶の名称を用いているも
     の。昼は純喫茶店でありながら夜はサービス料を定額とる店。「tea and
     wine」と看板にある店。
   普通喫茶店──ベーカリー、フルーツパーラー、喫茶パーラーといっている
     店で、菓子や、果実、コーヒー、清涼飲料水など軽い飲食物を主として
     いて、食事を提供しない店。パン店、菓子店、果実店と喫茶を兼営して
     いる店。
   簡易喫茶店──ミルクホール式の大衆的な安い喫茶店。
  これによっても、カフェと喫茶店の営業内容が異なるものとして認識されてい
  たことが窺える。また、特殊喫茶店がカフェと喫茶店の中間的な内容をもって
  いた店であることもわかる。》 (初田亨 「都市のたまり場になった喫茶店」/
  新宿歴史博物館特別展図録『琥珀色の記憶─新宿の喫茶店 ~回想の“茶
  房青蛾”とあの頃の新宿と~』 2000年)
 コーヒーの風俗 (5) コーヒーの風俗 (6)
 
初田亨氏の論考は、「‘カフェー’は特殊喫茶とも呼ばれた風俗営業で、対して純粋にコーヒーを主とした業態が(レトロニムとして)‘純喫茶’と名付けられた」という巷間の説に疑義を抱かせるものであり、とても興味深い。業態の変容で‘カフェー’の意が変質したように、‘純喫茶’もまた後世に意が変質し位置付けが移っていったのではないか、と私は臆測している。それはともあれ、日本では喫茶店が当初より《風俗ニ関スル諸営業》に位置付けられていたのであるから、その後の変容も含めて「コーヒーに関する風俗営業の淵源は日本にあった」とコーヒー界やマスコミに唱えさせるべきであろう。下卑た国粋を示すこと、その浮かれぶりを嘲弄すること、これもまた風俗である。コーヒーの風俗とは何か? 今後も野風俗に考え続けよう。
 
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ボケモンナーレ 其の弐

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2016年08月15日 23時30分]
そもそも「あいちトリエンナーレ」とは何か? 「日本国際美術展」は毎日新聞社の主催で1952年に始まり、後に「東京ビエンナーレ」と通称され、1970年の第10回〈人間と物質〉展では革新性と大赤字によって‘伝説’となったが、その後は衰耗して1990年に廃止された。アジア圏の大規模な国際美術展は、1995年に光州、1996年に上海、1998年に台北で、いずれもビエンナーレが始まった。これに続いて、日本でも本格的な国際美術展が構想され、2000年に「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」が、2001年に「横浜トリエンナーレ」が始まった。
 
 《つまり、横浜トリエンナーレは、地域内での生き残りを掛けた「都市おこし」型
  の大規模国際展であり、その背景には日本を取り巻くアジア諸国の強力な文
  化施策の存在が見てとれるといえます。》 《…国際展の財源はその多くを国
  家、あるいは自治体予算に頼っています。安易な都市おこしの手段と考え、
  十分な投資効果を得ることなく、そのツケが次世代に残されれば、泣きを見
  るのは他でもない、納税者である私たち自身なのです。》
  (宮津大輔 『現代アート経済学』 光文社:刊 2014年)
 
2010年には日本国内で新たに2つの国際美術展が始まった。宮津大輔が‘観光地ツーリズム型’と分類する(「越後妻有アートトリエンナーレ」に後続する)「瀬戸内国際芸術祭」、そして‘都市おこし型’の(「横浜トリエンナーレ」に後続する)「あいちトリエンナーレ」である。この後発2つの芸術祭を比べると、「あいち」が総事業費こそやや上回るが、自治体による公的資金の投入額が「瀬戸内」の倍でありながら、総来場者数も経済波及効果もはるかに下回っている。《安易な都市おこしの手段と考え、十分な投資効果を得ることなく、そのツケが次世代に残され》やすい国際美術展、それが「あいちトリエンナーレ」の実相である。その「あいちトリエンナーレ」を観て「呆け者なぁれ」(ボケモンナーレ)…よし、呆け者(ボケモン)GOだ!
 
2016年8月14日
「あいちトリエンナーレ2016」 (名古屋市美術館/長者町会場)
 
 ボケモンナーレ2 (1) ボケモンナーレ2 (2) ボケモンナーレ2 (3)
本日は車と地下鉄で会場まで向かう。地下鉄伏見駅の構内で映像プログラムの短編3本立てを観て下地をつくり(?)、白川公園でポケモンGOに熱中している連中をかきわけて、名古屋市美術館へ。屋外でジョアン・モデの〈NET Project〉に紐を結び加えてから、館内へ。
 
 ボケモンナーレ2 (4) ボケモンナーレ2 (5) ボケモンナーレ2 (6)
いかにも美術館という上品ぶった展示、特に1階の作品が面白くない。2階へ。多田友充の〈せいしんのじゆう〉を観てやや機嫌を直す。仏画だか俗画だか判らないが美しい作品、ノミン・ボルドによる〈Fire〉と〈Water〉を見入る、〈Wood〉はどうした? 地下1階へ。賴志盛(ライ・ヅーシャン)によるインスタレーション、縁の回廊を歩く危うさが視覚を変容させる発想が素晴らしい!
 
 ボケモンナーレ2 (7) ボケモンナーレ2 (8) ボケモンナーレ2 (9)
館を出て、長者町会場へ。喫茶クラウンは日曜休みなので、それ以外の会場を見巡る。堀田商事株式会社、4階の大木裕之の部屋と2階のコラムプロジェクト〈コレクティブ・アジア-オキュパイ/生存権/ユーモア〉が楽しい。学書ビル、ナターシャ・サドゥル・ハギギャンの〈Früchte der Arbeit〉はインチキな見世物小屋みたいと笑う。
 
 ボケモンナーレ2 (10) ボケモンナーレ2 (11) ボケモンナーレ2 (12)
旧玉屋ビルのアートラボあいち長者町、阿部大介らの芸術大学連携プロジェクト〈Sky Over Ⅲ〉を観る、ふ~ん。伝馬町ビル、*キャンディ・ファクトリー・プロジェクトの映像作品はどれも訴えが煩わしくて見辛い。それよりも、芸術催事に使われているビルがポツンポツンと遺っている再開発待ちの街区の方が、不気味なインスタレーションとして「呆け者なぁれ」だ。
 
 ボケモンナーレ2 (13) ボケモンナーレ2 (14) ボケモンナーレ2 (15)
八木兵錦6号館、1階の白川昌生の〈らくだをつくった男〉は諧謔を弄した展示で秀逸。八木兵錦1号館、山田亘の‘大愛知なるへそ新聞’を読む、ふ~ん。振り返って吉田商事株式会社にある作品を見て、長者町会場を観終えた。けど疲れた、大勢の呆け者をつかまえたから。センパのタリーズコーヒーでエスプレッソシェイクを飲んで、今日の‘旅’はここまで…
 
 《中でも長者町は、昭和を彷彿とさせるレトロな街並みと現代アートとの組み合
  わせが絶妙で、強く印象に残った会場でした。(略)2013年9月、3年振りに
  同町を訪れた私は、以前より垢抜け、明るくなっている街の様子に驚きまし
  た。(略)加えて、長者町ではトリエンナーレ以降、街の活性化のために有志
  による様々なイベントが開催され、新しい名古屋の名物として定着しつつあり
  ます。》(宮津大輔 前掲書)
 
…そうかなぁ。『現代アート経済学』の中で宮津大輔はニューヨークのソーホーやチェルシーの例を持ち出して、《果たして繊維の街は今後どのように変遷していくのでしょうか》と長者町を見ているが、それは楽観へと呆け過ぎだろう。盆休みの日曜日で繊維街としては眠っている時とはいえ、その昼下がりに見た人影は私と同様に会場を巡る人たちだけだったぜ? アートスポットやカルチャースポットでなくてはならない必然が、長者町界隈には何もない。‘全くダークで暗い未来’の「ボケモンナーレ」じゃないのか?
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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