日日是欠伸

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記:映面 [2018年10月16日 05時30分]
「日日是好日」とは、どういう意味なのだろうか? それがわからない日日(にちにち/ひび)は、‘好日’(こうじつ/こうにち)なのだろうか? 「日常茶飯事」(にちじょうさはんじ)でも、同じことじゃないのか?
 日日是欠伸 (1)
 
 《世の中には、「すぐわかるもの」と、「すぐわからないもの」の二種類がある。
  すぐにわからないものは、長い時間をかけて、少しずつわかってくる。「お
  茶」を始めて二十四年。そういうことだったのか。》 (映画『日日是好日』
  予告編)
 
 《絵を描くこと、あるいは歌舞音曲、武術、学問などが究められて、一つの
  思想的固まりに至るのはわかるのである。しかしたんなるお茶がそれを
  成し遂げたというのは、考えてみればじつに不思議な、滑稽な、しかし
  痛快な、快挙とでもいえることではないのか。 日本人の場合、そのよう
  な固まったお茶の世界が茶道としてあることを、みんな常識として知っ
  ている。考えてみれば不思議なはずのことを、すでに考えずに知ってい
  るのだ。》 (赤瀬川原平千利休 無言の前衛』 岩波書店:刊 1990)
 
茶道としての「お茶」の世界は、《長い時間をかけて、少しずつわかってくる》ものなのか、それとも《すでに考えずに知っている》ものなのか? それさえわからない日日は‘好日’なのだろうか? 茶事と茶飯事とは、同じでないのか? 映画でも観ればわかるのだろうか?
 日日是欠伸 (2)
 
『日日是好日』 観賞後記
 
 《昭和っぽいお顔立ちが、お茶を習う役にぴったりはまっていて、顔芸だけ
  で、一杯飲めるねってお茶だけどね。(略) それ自体が、この映画とお
  茶の世界そのものなんじゃないかなあと、秋雨の中、縁側で中国茶を
  飲みながら、そう思ったよ。》 (ホンマタカシ 「みんなの映画」Vol.133
  /『BRUTUS』(ブルータス)No.879 2018年10月1日号 マガジンハ
  ウス:刊)
 
映画『日日是好日』(にちにちこれこうじつ)では、お茶を習う典子役の黒木華も悪くはなかったが、お茶を教える武田先生役の樹木希林が縁側でコーヒーを淹れているところが好かった。描かれた茶事で好かったのはココだけ。《顔芸だけで、一杯飲めるねって》コーヒーだけどね。映画に出てくる薄茶だの濃茶だの菓子だのは、役者の居ずまいや点前のように‘つくりもの’臭い、そう思ったよ。
 日日是欠伸 (3)
 
映画『日日是好日』の撮影が始まった頃、樹木希林は新たな映画への出演依頼を全て断っていた。映画の中の武田先生は、《私、最近思うんですよ、こうして毎年同じことができるってのが、幸せなんだなぁって》と言っていた。だが、武田先生を演じた樹木希林はこうも言っていた。
 
 《そりゃ終わりになるなら終わりでいいなぁと思うし…そこまでいきつけるか
  どうかもね、覚束ないような体調なのよ》 (樹木希林:談 2017年11月
  20日/TV番組「NHKスペシャル “樹木希林”を生きる」 NHK総合
  2018年9月26日放送)
 
「日日是好日」とは、どういう意味なのだろうか? 2018年9月15日に死んだ樹木希林には、わかっていたのだろうか? ‘好日’とは説教する者の口実ではないか? ‘好日’ではなくて‘悪日’(あくび/あくにち)ではいけないのか? 私には「日日是悪日」(にちにちこれあくび)の方が実感できるし、「日常茶飯事」と同等の意味で「日日是欠伸」(にちにちこれあくび)ならばさらにわかる。
 
 日日是欠伸 (4) 
世の中には、「すぐわかるもの」と「すぐわからないもの」との二種類があるわけではない。《長い時間をかけて、少しずつわかってくる》程度に「すぐわからないもの」は、実は結局に「わかるもの」なのだ。世の中には、「わかるもの」と「わからないもの」との二種類があるのだ。本当にわからないものは、長い時間をかけても、何もわからない。雨の日に雨を聞き、雪の日に雪を見ても、何もわからない。五感を使って全身で味わっても、それでも何もわからない。気付かないうちに一期、惹かれないままに一会、「わからないもの」はわからない。「お茶」を習わずに飲むばかりで五十余年。「珈琲」を始めて四十余年。「日日是欠伸」(にちにちこれあくび)、そういうことなのだ。
 
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珈琲をよむ秋

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2018 [2018年10月14日 23時00分]
2018年10月13日、名古屋の鶴舞と大須で珈琲に遊ぶ。楊萬里(1127-1206)は、「書冊秋可読 詩句秋可捜 永夜宜痛飲 曠野宜遠遊」と詠んだ。私は痛飲の夜を待てないし広野へ遠出もしないが、秋に珈琲を読み、珈琲に秋を詠む、そういう日があっても好い。
 
 珈琲をよむ秋 (1)
秋晴れの鶴舞公園を散策してから、名古屋市鶴舞中央図書館が催す秋の読書イベントの第2弾「おいしい珈琲を楽しみましょう♪ 珈琲と読書の香り高い関係」に参加した。
 珈琲をよむ秋 (2) 珈琲をよむ秋 (3) 珈琲をよむ秋 (4)
コーヒーの香りに満ちた会場(第1集会室)には、司書と職員が薦める「珈琲と一緒に楽しみたい本」が80冊ほど並んでいた。うち5冊の小説や詩集を初めて知り、自らの不見識を恥じる。始まったイベントで司書が紹介した本は、『大どろぼうホッツェンプロッツ』! これはスバラシイ(日本珈琲狂会推薦図書でもある)。その後は、岩山隆司氏(マウンテンコーヒー)によるコーヒーセミナー。基礎編として座学と、実技編としてペーパードリップの見学と体験。岩山さんは「知った人がいるのでやりにくい」と苦笑していたが、気取らない雰囲気の好い講座とマウンテンコーヒーのブレンド「カフェ円」の香味は秋の読書イベントに相応しい。終了後に岩山さんと談話し、また司書へ『旅のラゴス』を(日本珈琲狂会推薦図書でもある)私の薦めるコーヒー本として挙げておいた。
 
 珈琲をよむ秋 (5)
大須へ歩き移って、リニューアルした松屋コーヒー本店(万松寺店:併設の喫茶「カフェ ル・パン」はまだ改装中)を覘いた。松下和義氏は商店街の催事で留守。第41回大須大道町人祭で賑わう大須を散策する。
 珈琲をよむ秋 (6) 珈琲をよむ秋 (7) 珈琲をよむ秋 (8)
松下会長から「店に戻りました」の電話連絡を受け、私も松屋コーヒー本店へ戻る。店内移設で新装したいわゆる会長席(?)で談話。会長手づからのコーヒー(1杯目は会長による4種配合の即興特製ブレンドを本流の松屋式、2杯目はコロンビア・ティピカを他社の絹布で変則の松屋式)を楽しみながら、久しぶりに長々とコーヒー談議を楽しんだ。松下さんに見送られて「また来ます」と歩きだせば、既に秋の陽は暮れ落ちて夜になっていた(笑)。
 
街を歩き、珈琲を喫し、秋に珈琲を読み、珈琲に秋を詠む、こういう感じで珈琲に遊ぶのも実に楽しい…珈琲をよむ秋は美味し。
 
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カフェ・デ・オロ

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2018 [2018年10月12日 05時00分]
【大杉漣とコーヒーとオロナミンC】
 カフェ・デ・オロ (1)
大杉漣は、映画『風のたより』(2015)で仙台の喫茶店主である吉井健を演じた。東日本大震災により閉じられた過去の店は「カフェ モンサンルー」が、再建する新たな店は「オーサム カフェ」がロケ地となり、「珈巣多夢」の伊藤強がコーヒーの抽出を指導した。徳島県出身の大杉漣は、2003年5月18日に「カフェ ケストナー」へ訪れて以来、店主の佐藤文昭と交流するようになった。TV番組「大杉漣の漣ぽっ」(BSフジ)の初回(2013年4月13日放送)でも、「カフェ ケストナー」と佐藤文昭が登場した。2018年2月21日に大杉漣は逝き、佐藤文昭は大杉漣が愛好したイエメン・モカを棺に入れて偲んだ。
 カフェ・デ・オロ (2)
大杉漣は、大塚製薬の炭酸飲料オロナミンCのCM「ハツラツタワーのある街」シリーズで理髪店を営む町内会長の小林清治を演じた。第1話「帰郷」篇(2016年12月)から第5話「行列」篇(2017年10月)まで、小林清治は三波元気(永山絢斗:演)を励ましていたが、大杉漣が逝った後の第6話「一年」篇(2018年3月)では登場していない。また、2018年7月に公開される予定だった第7話「神輿篇」は、オロナミンC商品回収問題が生じて未公開である。「ハツラツタワーのある街」は元気ハツラツか? 「ハツラツタワーのある街」のロケ地は千葉県香取市佐原だが、大塚製薬の発祥の地は徳島県である。
 
【カフェ・デ・オロ】
2018年10月5日、Twitterで《コーヒー風味炭酸飲料。コーヒーにオロナミンCを入れると意外にいける》、と旦部幸博がつぶやいた。私は、ソーダ水やコーラ類など他の炭酸飲料とコーヒーを合わせて飲んだ体験ならばある。だが、コーヒーとオロナミンCドリンクを合わせたことはなかった。やってみよう!
 カフェ・デ・オロ (3)
コーヒーはコスタリカ・サンタアニタ農園・ホワイトハニーを自家焙煎した豆(「珈琲遊戯」の「カフェ サウィン 2018」)を使用、これをクリスタルドリッパーで抽出した。冷蔵してあったオロナミンCと冷やしたコーヒー抽出液を各100ml、グラスに注ぎ入れて、これを攪拌した後に飲んだ。…香りも味もコーヒーとオロナミンCとが一体化しない。やや渋い奇妙な後味が残る(これはさらに深煎りのコーヒーで強まる予感)。ならばと、コーヒーにオロナミンCを少量(1割ほど)入れた液体でも、オロナミンCにコーヒーを少量(1割ほど)入れた液体でも、験してみたが印象は変わらなかった。今般にコーヒーとオロナミンCを合わせた液体は、不味くて飲めないとまでは言わないが《意外にいける》とも言えない。
 カフェ・デ・オロ (4)
1965年に大塚製薬から発売されたオロナミンCの商品名は、同社が1953年より発売したオロナイン軟膏の‘オロナ’を転用したものである。そこで次に、コーヒーとオロナインH軟膏を合わせてみた。コスタリカ・サンタアニタ農園・ホワイトハニーをクリスタルドリッパーで抽出した温かいコーヒー160mlにオロナインH軟膏を3gほど入れて、これを攪拌した後に飲んだ。…香りも味もコーヒーとオロナインHとが一体化しない。油っぽい奇妙な後味が残る。今般にコーヒーとオロナインHを合わせた液体は、《意外にいける》こともなく不味い。
 カフェ・デ・オロ (5)
オロナミン(Oronamin)Cの名はオロナイン(Oronine)軟膏に由来し、オロナイン軟膏の名はアメリカ合衆国の石油企業スタンダード・オイル・オブ・カリフォルニア(Standard Oil of California:略称SOCAL)の製薬部門のブランドであるオロナイト(Oronite)に由来し、オロナイトの名はスペイン語で石油を意味するオロ・ネグロ(oro negro:黒い金)に由来する。つまり、オロナミンCドリンクもオロナインH軟膏も、その名に‘オロ’(oro:金)を含んでいるのだ。だから、コーヒーと合わせた今般の飲料は、「カフェ・デ・オロ」(Café de Oro:金のコーヒー)と名付けよう。今のところ、「カフェ・デ・オロ」は、疎良し(おろよし)だが…。
 
 カフェ・デ・オロ (6)
さて、大杉漣とコーヒーとオロナミンCとカフェ・デ・オロはつながるのか? 大杉漣が逝った翌日、Twitterで《大杉漣さんの「漣」の由来は、 昭和40年代発売していた弊社のコンドーム「漣(さざなみ)」だそうで、当時話題にしていただき、社員一同大変嬉しく思っておりました》、とジェクスはつぶやいた。そのコンドームの箱には「漣」の文字が金色に輝いていた。もしも、「カフェ ケストナー」のイエメン・モカとオロナミンCドリンクを合わせた「カフェ・デ・オロ」を大杉漣が飲んだならば、《意外にいける》と言っただろうか? それとも、疎良し?
 
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アンハピネスな美術館

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2018年10月10日 01時30分]
2018年10月8日、名古屋ボストン美術館が閉館した。だが、名残惜しくはない。なぜならば、この美術館は閉じられるよりも先に、開かれれるべきではなかったからである。そこに「ハピネス」(happiness:幸せ)は、ない。
 アンハピネスな美術館 (1)
 
間違いの元は、名古屋ボストン美術館が開館した1999年4月17日よりも7年半前、1991年10月に加藤隆一(1920-2011)のゴリ押しで名古屋商工会議所(名商)の常議員会が名古屋ボストン美術館設立準備委員会の設置を承認したことだった。1990年3月に名商会頭に就任した東海銀行会長(元頭取)の加藤隆一は、名古屋ボストン美術館の設立を唱え始め、これに固執して会議所内はもとより名古屋財界の他の派閥からも疎んじられていた。加藤隆一は1993年12月に名商会頭の辞任へと追い込まれたが、既に1991年11月に自ら美術館の設立準備委員会の委員長となっていた。加藤隆一は、美術館の設置に偏執し続けたのである。
 アンハピネスな美術館 (2)
この名古屋ボストン美術館の間違いの元は、名古屋地方裁判所の判決文でも明瞭に示されている。この裁判(通称:名古屋国際芸術文化交流財団賃金規程変更事件)は、2002年に名古屋国際芸術文化交流財団を相手に元学芸部長と元学芸員が提訴し、2004年4月23日に名古屋地方裁判所が原告勝訴の判決、被告である財団は控訴したが2005年6月23日に名古屋高等裁判所が棄却した。
 
 《被告の財政危機は、そもそも設立時から胚胎していたものである。すな
  わち、名古屋ボストン美術館の設立の話は、日本がいまだバブル景気
  に沸いていた平成2年ころ持ち込まれたもので、当時の名古屋商工会
  議所会頭で東海銀行会長のEが設立準備委員会の委員長となり、「東
  海地方の文化向上に貢献する」「歴史的な事業」として、採算を全く考
  えず、平成3年11月に米国ボストン美術館との間で覚書を調印したも
  のである。開館に批判的な一部経済界の批判にも耳を傾けずにEが
  独断専行して、平成7年に調印した米国ボストン美術館との本件基本
  契約は、20年間で6000万ドルにも及ぶ寄付金を拠出するもので、展
  示の内容についても米国ボストン美術館が決定権を持つほか、被告に
  とって制約が多く、不利で不平等なものであった。名古屋ボストン美術
  館開館の平成11年4月には、既にバブルは終えんし、東海銀行を初
  めとする名古屋の財界も財力の余裕は少なくなり、米国ボストン美術
  館との本件基本契約に基づく寄付金の支払の継続が困難になること
  は容易に見通せる状況であった。それでも、Eは、最終的には銀行が
  面倒をみるという計画で、開館にこぎ着けたのであった。》 (原告らの
  主張 「設立の際の見通しの甘さ」:被告の財政危機の原因/平成14
  年(ワ)第5455号 名古屋地方裁判所 判決文 2004)
 
加藤隆一の《最終的には銀行が面倒をみるという計画》は、歪んだ形で実行へ移された。1995年8月に名古屋ボストン美術館を運営する財団の設立発起人会が組まれて東海銀行会長(前頭取)の伊藤喜一郎(1929-2002)が発起人代表となり、同年11月に財団が設立されて伊藤喜一郎が初代理事長となった。以降、美術館の運営母体である名古屋国際芸術文化交流財団の理事長は、2代の徳光彰二(1940-)、3代の鈴木文雄(1941-)、4代の小笠原日出男(1938-)と続き、5代の佐々和夫(1947-)は公益財団法人へと移行しても初代評議員会長を続け、2代評議員会長の古角保(1950-)で現在に至る。この名古屋国際芸術文化交流財団の理事長と評議員会長の歴代全てが、東海銀行の出身者である。名古屋ボストン美術館は、その設立が起案されてから運営資金に行き詰って閉館に至るまでの27年間、東海銀行の出身者である加藤隆一とその後輩たちだけに運営の責が被せられていた。その東海銀行は2002年に三和銀行に吸収合併(後に三菱東京UFJ銀行へ再吸収)されて、名古屋財界から消えていった。実質に《面倒をみる》者は、もう誰もいなかったのである。
 アンハピネスな美術館 (3)
名古屋ボストン美術館は、最終展「ハピネス ~明日の幸せを求めて」を催し終えて閉館した。その「思い出メッセージ」には、《沢山のハピネスをいただきました》とか、《明日の幸せを求めて前向きな気持ちで頑張れそう》とか、意味不明の感想が掲げられている。さらに訝しいことに、名古屋ボストン美術館の起案から閉館までの27年間を‘忌憚なくあからさまに’語る者は、新聞社にもTV局にも美術関係者にも見受けられない。その中でも森本悟郎による回想はまだマシな方だろうが、結語には納得できない。
 
 《無謀ともいえる思いつきから生まれ、〈恒常的〉にならないまま閉じてしま
  う名古屋ボストン美術館ではあるが、高水準の作品展示を通じて幸福
  な気分を味わった市民の数は少なくないはずだ。その「記憶」がある限
  り、人々の中にこの美術館は生き続けるだろう。記録集も刊行されると
  の由。同館がこの地にもたらしたものを後代に伝えることは重要だ。》
  (森本悟郎 視点「名古屋ボストン美術館の閉館」/『なごや文化情報
  2018年7・8月号 No.381 公益財団法人名古屋市文化振興事業団)
 
名古屋ボストン美術館について《この地にもたらしたものを後代に伝える》べきは、《幸福な気分》の記憶ではない。クソジジイの虚栄心から生じた美術館、孤立したまま運営責任の実体を失った美術館、そんな名古屋ボストン美術館は端から開かれれるべきでも続けられるべきでもなかったのである。それが、記録集に残すべき重要なことなのだ。何故ならば、地元では「名古屋城天守閣木造復元」などの、日本全体では「第32回オリンピック競技大会」(東京五輪)などの、同じ根の過ちが繰り返されつつあるからだ。「未来に何かをやりに行くのではなくて、過去に忘れたものを取りに行け」という石牟礼道子が遺した(と若松英輔が解釈した)メッセージを忘れてはならない。「ハピネス」などないアンハピネス(unhappiness:不幸せ)な美術館として、私は名古屋ボストン美術館を忘れない。
 
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凄日の雑香

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2018 [2018年10月06日 05時00分]
展示会だの祭典だの記念日だのを余所(よそ)目に、世にひっそりと発せられたコーヒー話を読み返すのも面白い。
 
 
 凄日の雑香 (1)
まず、煙草「ナチュラル アメリカン スピリット」(Natural American Spirit:通称アメスピ)Webサイト内の「AMESPI VILLAGE」、そのセッション2(2018年7~9月公開)にはコーヒー絡みの3人が登場した。宮出博史(宮出珈琲園:徳之島)と柚原ひかり(未晒し木綿の布コーヒーフィルター ひととき:東京)と堀口俊英(堀口珈琲:東京)である。
 
 《今、僕は出荷用にイエローブルボンという比較的栽培しやすい品種も育
  ててますが、ここでは自分が飲みたい品種だけを育ててます。ティピカ
  という品種です。(略) コーヒーの葉を発酵させてから焙じるとコーヒー
  の香りがする甘いお茶になるんですよ。(略) コーヒーの葉でお茶を作
  ってるのは恐らく世界で僕だけじゃないですか》 (宮出博史:談/
  AMESPI VILLAGE 第3弾)
 
 《シェフの友人を呼んで、紙とこの布のフィルターで飲み比べをしたんです。
  そうしたら、最初、 友人は紙の方が美味しいって言ったんです。理由は
  紙の方が『雑味があるから』って。でも、しばらくしたら、『やっぱり布の
  方が美味しい』って。これって、私たちが無添加の布を知らなかったか
  ら味の記憶の蓄積がないからなんですよね》 (柚原ひかり:談/
  AMESPI VILLAGE 第4弾)
 
 《コーヒーの美味しさを追求するなら、ドリップのお湯の温度とかにこだわ
  る前に、『まずはいい生豆を使った方がいい』というのが僕の考えでし
  た。(略) そこで大事なのは、コーヒーの量とお湯の温度と抽出時間の
  バランスです。(略) コーヒーは嗜好品です。ただ、嗜好品だからといっ
  て「好みは人それぞれだから」みたいな逃げ方をしていては本当の美
  味しさには出会えない。いくら良いコーヒーを提供しても味わう側がしっ
  かり味わえなかったら届かないんです》 (堀口俊英:談/AMESPI
  VILLAGE 第5弾)
 
 凄日の雑香 (2)
出荷用と自分用に別けて栽培するコーヒー農家、漂白したネル布とではなくて紙と比べる未晒し木綿のフィルター制作者、湯温が大事なのか大事でないのか判然としないコーヒー屋…私には趣旨が解らない。少なくとも、《コーヒーの葉でお茶を作ってるのは》宮出博史だけではないし、《味の記憶の蓄積がない》とか《味わう側がしっかり味わえなかったら届かない》とか他責な逃げ方をしていては本当の美味しさには出会えない。自家撞着に陥ったコーヒー話は、私が喫するアメスピとコーヒーを不味くする。
 
 
 凄日の雑香 (3)
次に煙草つながりでは、公益財団法人たばこ総合研究センター(略称:TASC)機関誌の『TASC MONTHLY』、その2017年3月号(No.495)に旦部幸博による随想「コーヒーのおいしさ」が載った。
 
 《最初は格好付けて少し我慢しながら飲んだブラックコーヒーも、今では
  おいしく感じている。コーヒーの味の中核は、何といっても苦味である。
  (略) 「おふくろの味」や「家庭の味」など、食の嗜好はその人の食体験
  にも依存する。苦味への慣れと認容が関わるコーヒーでは、それが特
  に顕著だ。(略) コーヒーのおいしさは、一人一人がそうして積み重ね
  ていく「コーヒー体験」の上に成り立つ、まさに「人生の味」と言えるだろ
  う。》 (旦部幸博:著 随想「コーヒーのおいしさ」)
 
私には、旦部さんのようにブラックコーヒーを《格好付けて少し我慢しながら飲んだ》記憶がない。コーヒーを飲むより先に、幼少期に苦味の強い漢方薬を浴びるほど飲まされていたからだろうか? もしも、《苦味への慣れと認容》があの漢方薬の体験の上に成り立っているならば、私が《コーヒーの味の中核は、何といっても苦味である》と思えること自体が、まさに「人生の味」と言えるだろう。
 
 
 凄日の雑香 (4)
さらに旦部幸博つながりでは、公益社団法人応用物理学会(略称:JSAP)機関誌の『応用物理』、その第87巻 第10号(2018)の「ホッとひといき」に「物理学で迫る「コーヒーのおいしさ」の仕組み」と題する稿を旦部さんが寄せていた。
 
 《物理学者、寺田寅彦──本誌『応用物理』の創刊メンバー(編集委員)の
  1人であり、X線回析に関する先駆的発見をした、戦前の日本を代表
  する科学者です。(略) そんな寺田寅彦が愛したコーヒー──その中に
  も、数々の「物理学のタネ」は潜んでいます。》 (旦部幸博:著 「物理学
  で迫る「コーヒーのおいしさ」の仕組み」)
 
旦部さんは、抽出したコーヒーの液滴のマランゴニ浮揚、液面の「もや」、コーヒーリング効果などから、焙煎中の豆の(硬さや大きさや構造などの)物理的変化、生豆の物理的性状と香味の連関まで、実にわかりやすく説いた。ところで、寺田寅彦(1878-1935)の門下にあった中谷宇吉郎(1900-1962)に因む「中谷宇吉郎雪の科学館」(加賀)の現館長は、日本コーヒー文化学会の現会長でもあり水素焙煎コーヒーとやらを(雪の科学館でも)盛んに喧伝している。トンデモ似非科学者のコーヒー話は、私が喫するコーヒーを不味くする。旦部さんの活躍で、口直しの機会が増えることを望む。
 
 
いわば「密やかに公然」(?)のコーヒー話、秋の深まりとともにコーヒーの香りを楽しみながら雑考する。凄日(せいじつ)の雑香(ざっこう)である。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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